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傷つくほどに6
颯太の家が見えてくる。車は停まっている。
玄関の前に立って、指をチャイムに伸ばした。
「…………」
今チャイムを押したら。
きっと久志さんは入れてくれない。それはこれからいつ行ったとしてもだ。
ごめんなさいと頭の中で言ってドアを引いてみる。
……開いた。
これは悪いことだけど、仕方ない。
嫌な意味でドキドキしながら家に足を踏み入れる。音を立てずに玄関のドアを閉め、忍び足でリビングのドアまで行く。
そっとドアを開けて中に入ると、久志さんはソファに座ってテレビの方を見ている。ただテレビは付いていない。
何しているのかはわからないが、とにかく近づいた。
「久志さん」
「うおっ!」
久志さんの肩が跳ねる。僕は久志さんに見やすいようソファを回り込んで、ローテーブルの斜め手前に立った。
久志さんは僕を見て、すぐに目をそらす。
「亜樹ちゃんか」
「ごめんなさい、勝手に」
「いや、まあ、それはいいけどよ」
久志さんの笑顔には驚きと後ろめたさ、だろうか。
まさか僕がここまでするとは思わなかったのだろうし、この前の態度を気にしているのかもしれない。
「颯太のこと、聞きました。会長……九条家の養子になった人から」
久志さんの顔から笑顔が消える。僕を見ることはない。
「それで僕、九条の家まで行きました」
「やるねぇ」
久志さんはそう言うけれど、その声にふざけた響きはちっともなかった。少しの間上がった口角もすぐに戻る。
それにやっぱり僕を見ないで、床を見ている。
「颯太に奇跡的に会えて、言われました。別れようって」
その言葉に久志さんの体が僅かに動いたように見えた。
ゆっくり瞬きをして僕を見る。その瞳には怒りの色がちらついている。
「それで亜樹ちゃんはおれのとこに何しに来た?」
「颯太の過去を聞きに」
「聞いてどうする」
「颯太に会いに行きます」
「なら、話せないね」
まるで尋問のような問いのあと、また久志さんは視線を落とした。
怒りの理由は見当もつかない。
「どうしてですか」
「それも話せない」
僕の問いに久志さんは微かに首を振った。
まただ。こうやって久志さんは無言に固執する。何も教えてくれない。
「……颯太が、苦しんでるかもしれないのに」
両拳を体の横で握る。
「颯太がどんな思いで九条に戻ったかはわかりません。でも、もし何かに耐えての結果だとしたら、僕は助けたいんです。そのために久志さんの力が、必要です」
「颯太は自分から戻ったんだ。そして颯太を苦しめることができる人間は、もう亜樹ちゃん以外いねぇよ」
「どういうことなんですか、久志さん」
「…………」
もはや「話せない」すら言ってくれない。僕のことを見ることさえしないんだから。
僕は無言で久志さんを見続けた。だんまりを決め込もうと関係ない。僕は話してくれるまで帰らない。
僕も久志さんも強情だった。視線が絡まないままの沈黙はしばらく続いた。
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