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傷つくほどに7

「……なぁ、亜樹ちゃんよ」 「はい」 先に話し出したのは、久志さん。 「颯太の願いを叶えたいって思いは、あるか?」 「あります」 僕の即答に久志さんはまた黙る。少し考えてから僕を見た。 真剣な瞳だった。普段のふざけた様子は微塵もない。 「颯太はな、言ったんだ。連れ去られる直前おれに『亜樹を頼む』って」 「……まさか、それ……って……」 「おう。察しがいいな」 思わぬ衝撃に今度は僕が俯いてしまう。 だって久志さんの言う通りなら、颯太は、僕のために、九条に従ったということだ。 九条ほどの権力があれば、僕に何かするなど造作もない。だからもう一生会わない覚悟で、久志さんに。 僕が会いに行った時の言葉の理由もこれか。それなら僕は、颯太を傷つけているとも知らずにあんなことを、言ってしまったということ。 「颯太の願いを叶えるためにも、亜樹ちゃんは何もしないほうがいいんだ」 久志さんの言葉が、脳に突き刺さる。僕は顔を上げた。 確かに僕は颯太を傷つけた。僕がこれから会いに行けば、さらに傷つける。 でもこんな、こんなのって…… 「……おかしい。こんな結果、誰も幸せになれないじゃないですか」 「亜樹ちゃんを守るってことが、颯太の一番の幸せだろうよ」 「違う!」 僕の一喝に久志さんが目を丸くする。 その場がしんと静まった。僕は息を吐いて、吸って、落ち着いた声を次に出す。 「颯太の一番の幸せは、僕といることです」 こんな言葉、人が聞いたら呆れるかもしれない。人の気持ちなど、普通はわかるはずはないのだから。 でも颯太のことなら、わかるんだ。 確信が、持てる。 「仮にそうだとしても、ならどうするんだ。颯太の亜樹ちゃんを守りたいって思いも真実だ」 久志さんは僕の力強い声音に驚いていたようだが、すぐに言い返してきた。久志さんも久志さんで折れるつもりはない声音だ。 瞳の色は強い。諦めの色が、これ以上状況は改善しないと語っている。 「それだって、おかしいです」 だが僕はキッと久志さんを睨む。久志さんは少し怯む。 「どうして僕は守られてばかりなんですか」 奥にあった思いを吐き出す。 ずっと、ずっと思っていたこと。ずっと、ずっと引っかかっていたこと。 颯太はいつも僕を守ってくれる。クラスの問題の時だって、結局は守られた。 「僕だって颯太のことが好きなんだっ……」 目の端が熱くなる。 「なら、守られるばかりじゃなくて、守りたい!僕は庇護されるための人形じゃない!」 「亜樹ちゃん……」 叫び終え、息を吐き出す。それに合わせて涙が落ちた。 悔しい。 勝手に何でも背負いこむ颯太。そうさせる自分。頼ってもらえない自分が、悔しい。 僕は久志さんの前に行って、その胸ぐらを掴む。 「あんまりだ……」 だけど出てきた声は涙に濡れてか細い。 「守るために傷ついて、守られるために傷つくなんてっ……もう一生、会えない、なんて……」 僕は手を揺する。でも力は入っていなくて、久志さんはビクともしない。 そのままずるずる尻が床に落ち、手も力なく垂れる。感情のままに涙を零した。時々声を漏らしながらすすり泣く。 自分の中にこんな強い感情があるなんて知らなかった。誰かを守りたい、守られてばかりで悔しい。そう思うことができたんだ。 でも、思うだけじゃ何も変わらない。立ち上がってまた訴えないと、何も。 だが足に力が入らなかった。どうやら今のが精一杯みたいだ。なんて情けないのだろう……。 「仕方ねぇなぁ」 諦めかけた僕に、久志さんが溜め息混じりで言った。ぼりぼり頭を掻いて、やれやれと言った感じで頭を振る。 僕が濡れた瞳を久志さんに向けると、久志さんも僕を見る。 「最初はあんな臆病だったくせに、こんなになっちまって。なんかよ、その若さと愛に賭けてみたくなった」 「じゃあ……」 久志さんは僕を見て笑った。その笑顔はいつものものだった。

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