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傷つくほどに9
バーを閉め、帰路を辿る。吐く息が白い。自然と早足になった。
「おっと……」
すると誰かにぶつかってしまう。視線を下げるとぶつかった相手が少年だとわかる。尻もちをついていた。
「悪いな。大丈夫か?」
「あ、はい……」
手を差し出すと少年はちゃんと掴む。恐ろしいほどその手は冷たかった。
それに驚いて少年の格好を見る。部屋着らしい服の上に、上着はない。おまけに靴も履いていない。寒そうに震えている。
すぐさま家出だと悟る。しかも随分と準備のない家出だ。
「あの……」
「おっ、すまん」
握ったままの手を少し持ち上げ、少年が不思議そうに見てくる。色素の薄い瞳が月夜に光る。
その瞳に魅せられてしまったか、昔の自分を思い出したか。とにかくこの時のおれはどこかおかしかった。
「お前、うち来るか?」
こんなことを言ってしまうのだから。
少年は俺を食い入って見つめ、それから俯く。
迷っているのか、しばらく少年は動かない。
その時ちょうど冷たい風が吹き抜ける。
それに身を震わせた少年は小さく、本当に小さく、頷いた。
「よし、決まり」
おれは上着を脱いで少年にかける。
「い、いいです……!」
「おれ酒飲んであっちぃの。代わりに持ってて」
返そうとした少年にニッと笑えば、誘惑に負けて大人しくなった。そして並んで歩き出す。
元からそこまで離れた場所に店を立てたわけではないから、すぐに家に着く。
まず少年を風呂に押し込む。
その間ソファに座って待っていると、リビングのドアが開く。おれの服を着た少年を手招きして横に座らせる。
「お前、名前なんて言うの?」
「……颯太です」
「よろしくな、颯太。おれは久志だ」
「……よろしくお願いします」
少年改め颯太は視線を彷徨わせながら蚊の鳴くような声で返事をする。
見た感じしっかりしているし、あえて苗字を言わないのだろう。知られたくないか、教えられないか。
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