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傷つくほどに14

突然、久志さんが自身の膝を叩く。それから麦茶を一気に流し込んだ。喉仏が大きく上下する。 再びローテーブルに置かれたコップがカンッと音を立てた。 「亜樹ちゃん、これからどうすんの? 前みてぇのじゃさすがに無理だろ」 「そうなんですよね……」 そう。一番の問題はそこだ。 久志さんの話を聞いて、颯太を連れ戻したいとはっきり思った。だが一度拒絶された人間が、正面切って九条の家に入れるはずもない。かといって裏口などを知っているわけでもない。 「久志さん、何か……」 「いやぁ、さすがに何十年も前のことだからなぁ。ほとんど覚えてねぇ」 「ですよね……」 「おっ! そうだ!」 久志さんが人差し指を立てた。 「柊ってのに聞くのはどうだ? 今は久我の家に戻ってるかもしれねぇが、何か知ってるだろ」 「確かに! じゃあ月曜に聞いてみます!」 道は決まった。体に力強いやる気がみなぎる。 僕は残ったカルピスを飲み干して立ち上がった。 「久志さん、今日はありがとうございました」 「おう」 僕が頭を下げれば、久志さんは目を細めて笑う。少し刻まれるしわは、若く見える久志さんの過ごした時を物語る。 そんな瞳にふっと影が落ちる。 「……なあ、亜樹ちゃんよ。おれが亜樹ちゃんに言ったこと、覚えてるか?」 「もしかして、颯太のこと頼んだ……ですか?」 「そう。その気持ちは今も変わらねぇ。亜樹ちゃんなら、颯太を救える気がするんだ」 「はい。任せてください」 自信を持って頷くと久志さんは歯を見せる。先の影はどこにも見えない。 久志さんはそのあとソファの背もたれに腕をかけ、脚を組んだ。 「こっからは若いやつらの番だな。おっさんは大人しくしておくよ。でもおれはいつでもお前らの帰る場所になるから、好きにやってこい」 「……はい」 声が少し震えてしまった。こうやって時々真面目になるのはずるい。 「じゃあ……行ってきます」 「おう。行ってらっしゃい」 久志さんに頭を下げ、僕は間宮の家を出た。

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