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自由に向かって3
僕の部屋のカレンダーが、十九日からばつ印をもらい始める。それはあっという間に二十五日まで辿り着いた。
そしてとうとう二十六日になる。
できる限り荷物は少ない方がいいだろうと財布だけ持って目的地に行った。
集合時間の十分前に着くと、もうすでに会長は来ていた。
こういうところも本当に真面目な人だ。
颯太のお父さんは真面目すぎるところを嫌いでもしているのだろうか。少しはずる賢くなければならないとか。いや、会長ならどちらの能力も扱えそうだ。
「行くぞ」
「あ、はい」
会長の声に慌てて頷く。彼の長い脚が前に踏み出した。僕も続く。
夜の熱気と緊張で頬を汗が流れる。それを手で拭う。
緊張は当然する。だけどそれで何か失敗しては台無しだ。緊張しても、冷静に。颯太は絶対助けられる。大丈夫だ。
会長の背を追っていく。
彼は大きく迂回をして九条の家に向かった。途中森に入ったりしながら、真っ直ぐ向かうよりも倍の時間をかけて、九条の家の裏手に出た。
森を抜けると高い塀が現れる。見上げてみると、どう足掻いても登れはしない高さだということがわかる。どうやって入るのだろう。
するとのっぺりとした切れ目のない塀に突然穴が開く。
そこから一人の女性が出てきた。落ち着いたメイド服を着用しているし、この人がメイドさんだ。
「柊さま……! お久しぶりです」
「久しぶりだな。協力、感謝する」
「いえ。とんでもないです」
おおらかで優しげな雰囲気の人だ。会長に嬉しそうに話しかけている。
自分の身を危険に晒してまで協力してくれる。申し訳ないけれど、それ以上にありがたい。
「そちらの方が……渡来亜樹さま、ですね」
「あ、はい。今日はありがとうございます」
「いえいえ。わたくしは佐藤と申します。とりあえず入ってくださいな」
佐藤さんは中に目を配ったあと、僕と会長が通れるように道を開ける。最後に佐藤さんが入ると、扉を閉め鍵をしっかりかけた。
どうやらここは裏庭のようだ。家の影に隠れている場所で、特に花壇があるわけではない。
放っておかれているといった言葉が相応しい庭だ。おかげで警備も少ないのかもしれない。
「颯太さまはここに帰ってきてから、とてもお辛そうですの。ですからわたくしも何かしてあげたいと思っておりました」
眉を下げて悲しそうに佐藤さんが言う。
きっとこの人は颯太や会長といった九条に翻弄される人間に親身になり、慈しんでくれているのだと思う。
ちょうど颯太や会長の親世代と同じくらいの年齢層に見える。だから余計に。
「それで、どうやって颯太の部屋に入るんだ」
「はい。あちらが颯太さまのお部屋でございます」
佐藤さんはそう言って二階の角部屋を掌で示す。ベランダはなく、窓手摺になっている。そこにひとつだけプランターが置かれていた。
草は生えていない。
「颯太さまは一日のやることが終わるといつもお部屋にこもり、内側から鍵をかけてしまいます。声をかけても必ず開けてくださいません。ですが今日はお部屋掃除の際に窓の鍵を開けておきました。ですから窓から入れるかと思います」
佐藤さんは家の壁際の茂みに近づいていく。
「こちらに庭師が使う梯子が置いてあります。これを窓手摺にかけ、窓から中に入ってください。少々危険ではありますが、屋敷内に無理に入るよりは安全かと」
茂みに隠すように置かれていた梯子を佐藤さんが持ち上げる。脚立じゃない分、長めだ。
三人で協力して伸ばし、それを颯太の部屋の出窓に立てかける。
梯子の一番下に立って見上げてみる。二階ときくとそこまで高くなさそうだが、実際に登るとなると結構な高さだ。しかも梯子だから危険といえば危険。
「下は押さえておきますから、安心してお登りください」
「……ありがとうございます」
「行ってらっしゃいませ」
「極力急げ」
「はい。行ってきます」
佐藤さんだけじゃなく、会長までも梯子を支えてくれる。ちょっと面白いなと思ってしまったのは秘密だ。
てもそのおかげで恐怖が軽減された。
視線を前に向ける。梯子を手で掴むとひんやりした感触が伝わってきた。
唾を飲み込む。
意を決して梯子に足をかけた。真上ではなく斜めに登るから少しは楽だった。
カンカンと夜の空気を裂きながら上がっていく。そうしてとうとう窓手摺に辿り着き、その上に乗る。
ベランダではないから人が乗るには狭い。強度も確かではない。
もしかして落ちるのではないか。そう思うとゾッとして、早く開けて中に入らなきゃと、窓に手をかける。
ちゃんと開いた。よかった。
さて入ろうと窓枠に手をかけると。
「わっ……」
バランスを崩す。そして転げ落ちるように部屋に入ってしまった。
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