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自由に向かって5

久しぶりの温かさ。華奢な身体。 改めて好きだと思う。この想いはずっと消えない。 抱きしめたい。抱きしめ返したい。 「颯太……そう、た……」 亜樹の切ない声に慌てて伸びた手を引っ込める。肩に手をかけ、引き剥がした。 「どうしてここに来たの」 「颯太のこと、久志さんから聞いた。過去も本心も。だから連れ戻しに来た」 まっすぐな瞳で亜樹が俺を見る。 一回拒絶したからもう来ないとばかり思っていた。元気を取り戻したというのは喜べるが、この状況はいただけない。 一時、対立したとはいえ、久志さんのことはなんだかんだ信頼していた。だから亜樹を任せられると、俺が消えてもどうにかその場を納めてくれるだろうと、思っていた。それなのに。 「あのおっさんっ……」 「久志さんは悪くないの。僕が無理やり聞いたから。責めないであげて」 涙の跡が残る声が俺の耳に届く。目の前にはもう二度と会えないはずだった恋人。 哀願するような眼に、上気した頬、艶っぽい唇。どう見ても誘っているようにしか見えない。控えめに言っても可愛すぎる。 首ったけとはこのことを言うのかもしれない。 でもここは自制だ。 「亜樹、帰って。ここにいちゃいけない」 「やだよ、颯太。一緒じゃなきゃ」 「無理だってわかるでしょ。これは俺たちのためなんだ」 肩を押して窓に向かわせようとする。だけど亜樹にしてはかなり強い力で抵抗してきた。 それだけ本気なのだろうけど、なんでこうまでするんだ。俺の思いを理解したなら、大人しくしてくれればいいものを。 「俺たちのためって何」 「俺たちが二人とも安全に生きていくため」 キッと俺を睨んで、肩から手を外す亜樹。 こんなに強い主張をするようなタイプだったろうか。少なくとも俺の中の亜樹は、主張する時でも多少の遠慮を抱いていた。 曲げる気はない、まっすぐな意思をぶつけるようなことは、あまりなかった。 「そんなの、僕たちのためじゃない。それじゃ幸せになんかなれないよ」 「幸せを得るためにはまず安全じゃなきゃいけない。亜樹だってわかってるでしょ」 「じゃあ、これから僕たちは一生会うこともなく、いつか知らない女の人と結婚して、子供が生まれて、幸せな家庭なのに、いつも自分の中のどこかにお互いがいて……。そんな生活を続けるって言うの」 「そうだよ」 知らない女。そんなこと、想像するだけで嫌に決まっている。亜樹のいない人生なんて考えられない。だがそれで亜樹を危ない目に合わせられるわけもない。 俺は亜樹を睨み返す。

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