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自由に向かって8

○ ● ○ どれくらい経ったろう。十分かもしれないし、一時間かもしれない。静かに颯太はずっと泣き続けている。 その間僕は背中をずっとさすっていた。颯太の弱さがやっと見れて、嬉しかった。 時々風が吹き込んで、カーテンが揺れる。生温かい空気が部屋に満ちてきている。 だけど腕の中の愛しい体温が心地よさを与えてくれる。 このまま二人だけの世界が続けばいいのになぁ、なんて考えてしまうくらい。 「このまま一緒に逃げちゃいたいや……」 「……え?」 「そしたら亜樹とずっと二人だ……」 どうやら颯太の考えていたことも同じみたいで。しんとした部屋に僕らの声が落ちていく。 月の魔法にかけられて。 なんて言葉が合うのかな。 とにかく僕はこの静謐な雰囲気に染められて、 「逃げちゃおっか……」 気づけばこう呟いていた。 顔を颯太の胸から離す。すると颯太も顔を上げた。 「どっちにしろ二人でいるには九条から逃げなきゃいけない。ならどこまでも行っちゃおうよ……二人だけでいられる場所に」 颯太は一瞬驚いたようだけど、すぐに微笑んだ。 「……そうだね。行けるとこまで、行ってみようか」 「うん……」 二人で微笑み合って、誓うように口づけを交わす。久しぶりのそれはしょっぱくて、冷たい。 少しくすぐったいような気がして、唇を離すと密やかに笑いあった。 「さて、と。善は急げだ」 「うん」 颯太はパンッと手を叩く。すっかりいつもの様子だ。 「亜樹どうやって入ってきたの?」 「窓手摺に梯子をかけたんだ」 「やるね」 ニッと笑い合って窓に向かう。 颯太は先に行かせてくれるようで、僕がまず窓から顔を出した。下にいる佐藤さんと会長が気づいて、また梯子を支えてくれる。 窓手摺に足をかけるのはやっぱり少し怖かったけれど、落ちることなく梯子を降りていった。 颯太も後からついてきて、僕のすぐあとに地面に降り立った。 そして颯太が顔を上げると、当然会長に気づくわけで。 「……柊」 「はっ。九条に戻って昔の自分にでも還ったか」 「柊が手伝ってくれたんだ……」 会長は腕を組んで颯太を睨む。 「言っておくが僕はお前が大嫌いだ」 驚く颯太をよそに会長は冷や水のように冷たい言葉をぶつける。 このまま前みたいに火花が散ったら、という危惧は長く続かなかった。 会長の視線がほんのり柔らかくなったから。 「だがお前も色々抱えていたことは、もう知っている」 「柊……」 颯太は本当に驚いたようで固まってしまう。 本家と分家。天才と秀才。 ずっと比べられてきたのだろう。対立せざるを得なかったのだろう。一番分かり合える存在だったかもしれないのに。 その二人が今、やっと。 颯太が嬉しそうな笑顔を見せた。 「早く行け。逃げるのだろう? できる限り時間稼ぎをしてやる」 「わたくしめも頑張ります」 先の言葉を誤魔化すように会長が言い放つ。それにすぐ佐藤さんが続いた。そして塀に駆け寄って扉を開けてくれる。 「ありがとうございますっ……」 「ありがとう、柊も佐藤さんも」 「さっさと僕の視界から消えろ」 会長の言葉に僕と颯太は顔を見合わせて笑う。それから二人に頭を下げて、森の中に入った。

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