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自由に向かって9
森を抜けてひと気のない狭い道路に出る。
「亜樹、家行っとく?」
その時やっと母さんのことを思い出す。どこかへ逃げ出すということは、もう二度と母さんに会えないということ。そしてとても心配をかけるということ。
でも、もう引き返す気はない。颯太と生きるって、決意した。
ならせめて置き手紙くらい。
そんな考えをすぐに否定する。痕跡を残すのは得策じゃない。それに家に行ったら名残惜しくなってしまうかもしれない。
「ううん。取りに行きたいものもないし、平気」
「……そう。あ、俺の家、少しだけ寄ってもいい? 学校行ってない間ずっとバイトして金貯めてたんだ。何かあった時のために」
「わかった」
二人で駅まで行き、終電にギリギリ乗り込んだ。そしていつも使う駅で降り、そこからは歩いて颯太の家まで行く。
家の前には車が停めてあった。でも明かりはついていない。
颯太はポストの中から鍵を取り出すと玄関を開けた。ドアをそっと開けて、中に一歩入る。夜の静けさが僕を包んだ。
「久志さん、いないね」
「まだバーだと思う」
颯太はリビングを突っ切って自室に入っていく。僕はなんとなくソファの方へ行った。
ソファに透明のローテーブルにテレビ。もうお馴染みの光景。
颯太とだけじゃなく、久志さんともよくここで話した。優しく慰めてもらったり、からかわれたり、叫んだり、こんな小さなスペースで、色々なことがあった。
「帰ってこれなくて、ごめんなさい」
結局あの頼もしい言葉を裏切ってしまった。
でも久志さんならわかってくれるような気がする。好きにした結果だもんなと笑ってくれる、きっと。
「何か言った?」
「へっ!? な、何でもないよ」
「……? まあ、いいや。はい」
バクバクする心臓を押さえていると、斜めがけのカバンを手渡される。
「手ぶらってのもおかしいでしょ?」
「あ、そうだね」
「んで、こっちにはー……」
僕が受け取ると、颯太は空のリュックを持ってキッチンに行く。多少の食料を貰っていくのだろう。なら僕の方にはお金とその他のものが入っているのかもしれない。
「あっ、そうだ。颯太、腕時計……」
「じゃん」
荷物を詰め終えた颯太が腕を見せる。そこにはちゃんと腕時計。日付や曜日もわかる便利なやつだ。
「スマホは持っていけないから、ね?」
「うん」
考えていることは同じだって笑い合う。
そして僕はカバンをかけ、颯太はリュックを背負ってリビングを出る。玄関で靴を履いていると、颯太がくるりと身を返した。
「お世話になりました。さようなら〜」
「軽いね」
「そうした方がいいから」
「……うん、だね」
僕も今一度振り返る。
本当にお世話になった。寂しいけれど、お別れだ。
二人一緒に外へ出る。
「とりあえず始発待たなきゃかな」
「うん」
まだ空にはキラキラ星と月が輝いている。
時間は惜しかったが闇雲に進めばいいというわけでもないので、漫画喫茶というところに入って一夜を明かした。といっても寝れたのは数時間だったけれど。
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