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見守るというカタチ3
○ ● ○
俺は今、渡来の家の前にいる。しかもまだ朝の八時。
渡来から二十六日に間宮のところに行くとは聞いていた。生徒会長に協力してもらうとかなんとかも。
もう夏休みだからどうなったのか聞くことはできていない。だけどずっと気になっていて、その思いはどんどん膨らんでいった。
ならばいっそ行ってしまおうとなって、今の状況だ。
「……ちょっと早く来すぎたけど」
はやる気持ちはそのまま時間に現れた。まあもう今さらだ。
腹を決めてチャイムを押す。
「亜樹!?」
「うおっ」
するとすぐにドアが開いた。本当に驚くほど早く。
顔を出したのは女の人。渡来に少し似ていて、可愛らしい雰囲気だ。お母さんだろう。
渡来のお母さんは俺の姿を見て目を丸くする。
「あら? ごめんなさい。驚かせてしまって」
「あ、いえ。初めまして。俺、清水蓮って言います」
「亜樹の母です」
渡来のお母さんはふわりと笑う。俺に慣れてきた頃の渡来にそっくりだ。
柔らかい雰囲気。だがどこかやつれたようにも見える。
「あのー……亜樹くん、いないんですか?」
「そうなのよ……。一昨日から帰ってこなくて。心配してるんだけど、スマホは置いたままだから連絡取れないし……」
渡来のお母さんは頬に手を当て、溜め息を吐く。
どうして帰っていないのだろうか。二十六日の夜に行ったはずだから、流石に帰ってきてもおかしくない。もう二十八日だ。
間宮を説得できなくて粘っている。そうだとしても一旦帰ってくるはずだ。時間をかけるのは得策じゃない。
なら家の者にバレて捕まった。いや、間宮が何としてもそれは阻止するに決まっている。
なら残る可能性はなんだろう。
そこである考えが俺の脳裏をよぎる。
ーー二人で、逃げた。
ありえなくはない。というか寧ろそうなのではないか。極限の状態に置かれれば多少の無茶はしてしまうかもしれない。
それに居場所をくらませば、人質を取られても効果はないし、二人一緒にいれる。
……そうだ。きっと、そうなのだろう。
その場合、俺にできることは。
「なんだ。もう行ってたのか〜」
息を小さく吸って、殊更に明るい声を吐き出した。
「え?」
「渡来、友人としばらく旅行に行くって言ってたんですよ」
「そうなの? 全然知らなかった……」
「親にはメールで伝えるって言ってたんですけど……」
「スマホを忘れたわけね」
「そうらしいですね」
ドジなんだからと言わんばかりに渡来のお母さんは溜め息を吐く。
「あっ、清水くん? 教えてくれてありがとう」
「いえ! じゃあ俺もう行きます!」
「あら、もう? 気をつけてね。本当にありがとう」
「はーい!」
一礼して渡来の家を走り去る。
その場凌ぎだがこれで時間は稼げる。あいつらが遠くへ行ける時間くらいは。
「あーもう!! くっそ!」
何やってるんだ、俺。
深層の願いと表面の願いって、ほんと噛み合わない。
天に向かって吠えて、思い切り走った。
これまでにないくらい速く、速く。
視界に次々と塀が映り、消え、映り、消える。
自分の中の膿を吐き出すようにがむしゃらに走って、息が切れても走って、つまずきかけても走って。
ただひたすら走って、流石に酸欠できつくなってきた時、ようやく脚を止めた。大きく肩を上下させて息を整える。
「はぁーあ。もう会えないのか」
好きになった人には既に恋人がいて、その恋人がいなくなったから探すのを協力して、やっと光が見えたと思ったら、その子は恋人と逃げてしまった。
とことんついていない。なんて結末だろう。
「でもま、渡来が幸せなら、それが一番だな」
自分を騙すように大きな声を出してみる。
はっきり言って、そんなこと思えない。もう会えないなんて、いくら相手が幸せとはいえ、辛すぎる。
まだしばらく忘れられない。女々しいとかそういう問題じゃないんだ。あんなに好きになった人なんだから。
……でもいつか、前を向こう。
自分の為にも、渡来の為にも。
かんかん照りの太陽を睨みつけて、俺は大きく脚を前に出した。
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