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一緒の未来10
「それで……旅行に行っていないって、どういうこと?」
母さんが待ちきれず、座るや否や切り出した。
「それを説明するためにはまず僕と颯太のことを話さなきゃいけないんだ。母さんは九条って知ってる?」
「ええ。私の働き口の親会社を経営するグループよね……?」
「うん。颯太はその九条家の跡取りなんだ」
「え……? でもさっき間宮って……」
「今は伯父さんの家に住んでるから、別姓を名乗ってる」
「そうなの……」
母さんは口元に手を当てて俯く。
僕は今更だけど颯太のことを話していいのか不安になって、ちらりと隣を見上げた。颯太は小さく頷く。
僕も頷き返して、また前を見る。母さんの視線はテーブルに注がれていた。
「颯太はね、重圧に耐えかねて中学生の時、家出したんだ」
「家出?」
「そう。それでたまたま拾ってくれた人が伯父さんだった。それから颯太は伯父さんと暮らすようになって、その中で僕と出会った。それが今年の五月のこと」
「三ヶ月も前のことなのね」
カチカチと壁の時計の奏でる音が耳に入る。
一定に刻まれるその音は、僕の鼓動と重なって、溶け合っていく。
いつもよりゆっくり瞬きをすると、隣の存在が感じられた。
「僕と颯太は出会った頃から惹かれあって、そのうち付き合うようになったんだ。でもある日、九条が無理やり颯太を連れ戻した。だから僕は颯太を取り戻しに行って、その結果選んだのが、逃げるということだったんだ」
「じゃあしばらくいなかったのは……」
「うん。清水くんは僕たちを案じて、旅行って言ってくれたみたい」
下手したら一生会えなかったことに気づいて、母さんの顔が青ざめる。
母さんは僕のために毎日頑張ってくれているというのに、息子はこんな顔をさせて、本当に親不孝者だ。
もし同性同士ということを母さんが厭うとしたらもっと親不孝になる。
「でも僕と颯太は逃げている間に気づいた。一緒の未来を生きるためには、ちゃんと向き合わなきゃだめだって」
母さんの顔はまだほんの少し青ざめているけど、僕の話をちゃんと聞いてくれている。
「だから颯太がお父さんに話して、僕も語りかけて、最終的には颯太のお母さんも協力してくれて、和解することができた。颯太はいずれ九条を継ぐけれど、今は自由に生活することを許可してもらっているんだよ」
「そう……なのね……」
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