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Starved heart 6
しみるのだろうか。
子供の頃から怪我するような行動はしなかったし、たとえしたとしても治療などなかった。
「あんだよ。怖いのか」
「なんだと? そんなわけあるか」
「言っとくけどしみるからな」
ピンセットに掴まれたガーゼが近づいてくる。
切れた口元にそれが触れ、じわじわ痛みが広がる。薬品なだけあって、かなりしみる。
思わず目を瞑る。
「お前、可愛いとこもあんじゃん」
「は?」
目を開けると男性はにやにや笑いながら、僕の口の横にガーゼをつけたままにしていた。
当然、痛みは続く。
「くだらないことを言ってないでさっさとやれ」
「やっぱ生意気だな」
男性は手の動きを再開して、消毒を済ますと、最後に絆創膏を貼り付けた。
僕の顎を持ち上げ、傷の具合を見る。骨ばった男らしい手だ。
「お前、もう夜中に歩くんじゃねぇぞ。三度は助けねぇからな」
男性は救急箱を片付け、濡れタオルをその上に置く。
「返事しろって」
その様子を見るだけの僕に男性はデコピンをする。痛い。そして発想が古い。
そしてその顔が時計を見た。時間は深夜一時。
「遅くなっちまったな。おい、もう帰れ」
男性はまた僕の腕を取り、立ち上がらせる。ご丁寧に玄関まで連れて行く。
こういうタイプはついでに泊まっていけと言うイメージがあった。夜中出歩く方が危険だとか、時間は気にしないとか、どうでもいいとか言って。
別に泊まりたかったわけではない。どこまでも僕の予想を裏切る男だと思っただけ。
「……名前、聞いていなかったな」
そんな人間に興味が湧いた。
「もう会わねぇんだから必要ないだろ」
そこそこの勇気もあっさり裏切られる。羞恥がじわりと胸に広がり、怒りに変わる。
「気をつけて帰れよ」
しかし男性は昨日と同じようにポンッと頭に手を置いた。それで馬鹿みたいに怒りが消える。というより、怒るのが馬鹿らしくなった。
背中を強めに押され、アパートを出た。
夜空は星が散らばる荘厳な様子だった。
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