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Starved heart 8

「あら、また柊さま出かけるみたい」 「それで夜中に帰ってくるのよね」 裏口で靴を履いているとメイドたちの話し声が耳に入る。わざと聞こえるように言うところが女という感じだ。 僕を貶すことで日々の退屈を紛らわす堕落した人間たち。 僕が毎日出かけていることに気づいたことだけは褒めるところか。 メイドたちの小言など気にせず家を出る。 裏口から家の横側に向かう。九条ほど広くないとはいえ、塀の途中に扉はある。そこから道路に出た。 今日は街を歩き回る気力はなかったから、遅めに出てきた。既に空は黒い。星の瞬く時間だ。 見慣れてきた街を過ぎ、いつものシャッターも素通りし、記憶を辿って歩いていくと、一回だけ見たことのあるアパートが見えた。 朽ちそうな階段を上り、男性……村本誠也の家の前に立つ。 チャイムのボタンを押す。何も音は鳴らない。 仕方ないから手で叩く。鉄製のものだから叩くだけで手が痛い。 すぐに鍵の音がしてドアが開いた。 「お前ほんとに来たのか」 「自分で言っただろう」 「まあそうだけどよ。とりあえず入れ」 誠也は驚いた顔をして僕を見る。 僕も本当に来る気はなかったはずなのに、気づけば足は向かっていた。 今さら迷惑だなんだと臆する必要はないから何も問題はない。 僕が通れるよう隙間を空けた誠也の隣を通る。ゴミや食器は片付いていた。 常に汚いなんてことは普通ありえないか。 そのまま部屋に入る。こっちも散乱していたものが跡形もない。 「適当に座っとけ。別に何したっていいからよ。外で襲われるよりマシだ」 「そしてわざわざ助けに行く手間も省ける」 「たまたまだっつの」 「嘘をつくな」 ベッドを背もたれにして床に座る。 誠也もテーブルの近くに腰を下ろした。僕も誠也も小さいテレビに向かう形だ。 「お前こそ毎日毎日、おれに助けられたかったんじゃねぇの? その言い草」 「そんなわけあるか」 「でもおれの誘いには乗るんだな」 「たまたまだ」 「嘘をつくな」 誠也が僕の言い方を真似して言葉を吐く。喋るとラチがあかない。 テレビでもつければいいかとテーブルを見る。 リモコンがない。 周囲を見る。 リモコンがない。 「おい、リモ……ん? なんか臭くないか?」 「いや、そんなことねぇよ」 鼻から意図的に臭いを吸い込む。確実に臭い。生ゴミのような臭いだ。 ……まさかこいつ。 立ち上がってクローゼットの前に行く。 「待て。勝手に開けんなよ」 その言葉で確信を持つ。思い切り戸を開けてやった。 途端、吹き出す異臭。 この前、床に散乱していたものや、キッチンに置いてあったゴミ袋が中にそのまま突っ込まれている。 やはりそうか。とりあえずここに全て突っ込んだわけだ。

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