214 / 961
Starved heart 13
「おい、柊……」
「教えてやろうか! 僕のこと! 僕の苗字はな久我って言うんだ。あの大企業九条の分家。僕はその一人息子だ」
狂ったようにカーペットの一点を見つめ、次々言葉を吐き捨てる。
わけがわからない。違う。もうどうでもいい。
こいつにどう思われようと構わない。どうせいつか離れるのだから。もう、どうでも。
「九条には僕と同い歳の息子がいて、そいつは天才だった。僕はいつもそいつに負けて、勝てることなんか一つもない。だから九条の人間はもちろん、久我の人間も、両親でさえも、僕を見ない。暇つぶしに貶す程度だ」
人にこんなまくしたてるのは初めてだ。自分のことを話すのだって、初めて。
こういう時は馬鹿みたいに口が止まらない。
「僕には生まれた時から居場所なんてなかった。帰るところなんて、ないんだ……!」
叫び終え、大きく息を吐き出す。
脳に酸素が回ってくると、自分の行動が本当に馬鹿らしく思えた。こいつに、自分のことを話して、幻滅されるのがオチだっていうのに。
頭は冷静だ。それなのに顔は上げられない。情けない。さっさと出て行って、それで終わりにすれば早いとわかっているくせに。
「お前さぁ、ほんと餓鬼」
呆れたような誠也の声。別に予想通りだ。
しかし次の瞬間起きたことは、すぐに理解ができなかった。
また顎を掴まれ、一瞬誠也の瞳が見えたと思ったら、すぐに見えなくなる。
唇には、何かが、触れて、いる。
すぐにその感触は消えて、また視界に収まる程度の大きさで誠也が見える。
馬鹿ではない。僕は決して馬鹿ではないから、今何が起きたかはわかる。唇同士を触れ合わせること、つまりキス。
しかも僕にとっては、初めての。
亜樹としたことは一回もなかったのだ。だから今のが初めて。こいつと、初めて。
頬が熱くなるのがわかって、隠したいと思った瞬間、今度は抱きしめられた。
「居場所なんてとっくにあんだろ。ここに」
「それは仮初めのものだ」
力強い腕が体に回る。見た目と同じ逞しい胸に体が埋まる。同じ男のはずなのに、こうも違うのか。
「じゃあおれがお前を好きだって言ったら?」
「……は?」
「離したくない。抱きしめたい。キスしたい。セックスしたい」
「…………は?」
「というかお前もおれのこと好きだろ?」
「は!?」
「さっきから"は"しか言ってねーぞ」
意味がわからない。誠也が僕を好きだ、ということも信じがたいが、本人が言うならそれは認めよう。
だがそこでなぜ僕も誠也を好きだということになる。ありえない。僕はこいつを好きなんかじゃない。
僕が毎日こいつのとこを訪れていたのは、この家の居心地が良かったからだ。
気を遣わなくてよくて、貶されることも無視されることもない。それがたまたまここだっただけで、相手は誰でもよくて、そもそもいつか離れるつもりで過ごしていて。
……なんて言い訳をしている時点で、答えはわかりきっているじゃないか。
焦る胸の内にそう冷静な言葉が降ってきた。
ともだちにシェアしよう!