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熱と騒然と寂寥と3
お昼時になって嫉妬とかそういうどころではなくなった。あっちこっち注文を聞いて回り、料理を運んで等々、とにかく忙しかった。
そうしてしばらく動き回り、一時を過ぎ始めると客足は減っていった。
そして今やお客さんはテーブルの三分の一ほどだ。手が空いている人も多い。
「間宮! 客連れてきてくれよ」
すると松村くんが颯太を呼ぶ。
「俺?」
「間宮なら女性客とか自然とついてきそうだし!な!」
松村くんは颯太の返事を聞く前に看板を手渡す。そして颯太を教室から押し出した。
僕は思わずついて行きたくなった。
開いた掌が前に伸び、すぐに降ろされる。
僕がついていっても邪魔になるだけだ。それに客引きは一人で十分だろう。
それに今、話しかけても嫌なことを言ってしまいそう。
唇を噛んで颯太の背を見送った。
颯太はすぐに帰ってきた。最初連れてきたのは女の子五人。
女の子の一人は颯太の腕を掴んでいる。
颯太は優しく笑って女の子を教室に入れた。
「渡来! お客さん! 間宮は行ってきて!」
松村くんになぜか僕はわざわざ呼ばれる。さっきまで颯太の近くにいた女の子たちに近づくと、キャー可愛いって黄色い声を上げられた。
その間に颯太は出ていく。
それからはその繰り返しだった。
颯太がお客さんを連れてきて、手の空いているメイドやウェイターが対応する。
颯太はコミュニケーション能力が高いから、連れてくるのは女の子だけではない。男の人だって連れてくるし、そのおかげで再び混み始めた。
だけど僕の目にとまるのは女の子ばかり。
颯太がにこにこ笑って、女の子に触られて、何人もの頬を赤く染めさせて。
颯太は僕の恋人。
だから触らないでって思いと大丈夫だって思いが同時に出る。
今さら思いを疑うなんてことはない。でも、いやだからこそ、それ以上を求めてしまう。
情けなくて、みっともなくて、最低。
「あーきーちゃん!」
「うわっ!?」
思考の海に沈みきっていた僕を急に引き上げたのは、久志さん。
「な、なんでっ……」
「やっぱ来てみた。可愛いねぇ、亜樹ちゃん」
久志さんは一人だった。いつもの髭や長髪を結んだ姿で、そこにいる。久志さんはさりげなく僕の肩を抱くと、好きな席に連れていった。
そこに座ってもなお僕のことを上から下までじっくり見る。……視線がいやらしい。
「久志さん、注文は」
「亜樹ちゃん」
「ふざけないでください」
「そうだな、颯太に怒られちまう。そういやあいつどこいんの?」
「あ、今は客引きに……」
「ふーん……じゃあ亜樹ちゃん、おれと逃げちゃう?」
「久志さん」
やっぱりどこにいてもふざける久志さんをじとっと睨んだ。僕が睨んでも久志さんは楽しそうに笑むだけだ。
すっかりいつもの調子だ。でも、気持ちが軽くなった気がする。
「んじゃコーヒーとメイドさんのお勧めケーキ」
「はい、かしこまりました」
「笑顔も可愛いねぇ、女の子だな」
「食べ物以外を持ってきますよ」
「すまねぇ、やめてくれ」
無意識に笑顔が浮かんだ。
久志さんと話すと緊張も緩んで、気分が明るくなるから不思議だ。それが久志さんの人柄なのかもしれない。
それからは少し颯太のことを考えずに動くことができて、一日目は終わりに近づいていった。
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