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熱と騒然と寂寥と14
すると暗闇なのをいいことに颯太は僕の肩を引き寄せた。ぴとっと体が密着してしまう。
柊先輩の面前で。
あわあわと口を開閉してそれを止めようとしたら、その前に颯太が口を開く。
「柊こそ名前呼ばせていいの? 歳上の恋人が知ったら酷く抱かれるんじゃない?」
「なっ……にを言ってる」
そうか。確かに恋人が他の人に名前で呼ばれていたら、嫌かもしれない。しかも普段は苗字でばかり呼ばれているとしたら。
急に恋人を出されたからか、柊先輩は焦る。
あれ、待って。
違う。焦った理由はこれじゃない、か?
だって颯太は今……
「柊は口下手だし素直じゃないけど、いざ抱かれたら抑えようとしても抑えきれない喘ぎ声を出しているんだろうなぁ」
「颯太っ……貴様!」
やっぱり柊先輩の恋人は男だって確信している。
颯太の反撃にきっと柊先輩は顔を赤くした。思わず立ち上がりかけているし。
「九条! つっかえてるから早く!」
「……っ、ああ。わかった」
すると急に光が入り込む。黒幕をめくって案内人の人が催促をしてきた。
柊先輩が機械のスイッチを切る。すっかり存在を忘れていた星々が、本当にその姿を消した。
「早く出ろ」
入った時よりさらにぶっきらぼうになった柊先輩に促され、僕と颯太は光の中に出て行った。入れ違いに次の客が入っていく。
少しの間だったけど暗闇に慣れた目はことさら外の光を明るく見せる。
「じゃあね、柊」
「あ……さようなら」
「ふん」
颯太は気分良さそうにひらひら手を振り、教室から離れていく。柊先輩は腕を組んで椅子に座り、長い脚も組ませていた。
いつも厳格な人だからこうやってからかわれるのに慣れていないのだろう。
僕と同じ颯太のからかいの被害者だから少し同情する。
「ねぇ、颯太。どうしてわかったの?」
「柊の恋人のこと?」
「うん」
階段を並んでおりながら聞いてみる。
僕は性別を知らなかったし、僕から伝え聞いた颯太も同様のはずだ。
「柊の性格とか周りの環境から、いい人ができたなら大人で包み込んでくれるような人だろうなって。それから抱かれている男ってなんとなくわかるもんなんだよ」
「そうなんだ」
そういえば前に男の人に襲われかけた時、すぐに僕が抱かれているってわかってしまった。
そういう空気というのが出るのだろうか。
「なんか色っぽいというか、普通の男の人も惑わせるというか。だから亜樹、気をつけてね」
「う、うん」
だから僕はやたらと男の人に絡まれてしまうのかな。自分ではそんな色っぽい雰囲気なんて纏っているとは思えないけれど、颯太が言うなら、そうなのかもしれない。
颯太の笑顔を直視せずに頷く。すると颯太は僕を覗き込む。
「心当たりあるんだ」
「え、えっと……前に一回……」
「そういうこと言われた?」
「……あの、はい」
「ふーん……」
「そ、颯太! こけちゃうから」
にこにこと黒い笑顔を見せる颯太の顔を無理やり前に向ける。
もう過ぎたことだし、仕方ない。でも襲われかけたことも事実だから何も言えない。
「前に聞いた二回に含まれてるんでしょ? 別にもう気にしてないよ」
「やっぱり颯太っていじわるだ」
「ん?」
「なんでもない」
颯太の望んだ通りに引っかかるからからかわれてしまうのだ。
でも本当は嫌ではない。だってカップルならではのやりとりという感じがするから。それをわかっているから颯太はやめない。
今度は自分から颯太と腕を組んだ。
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