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ご注文は2

まさかこんなことになるとはって目をしばたかせてしまう。僕と颯太だけの成功ではないのに。みんなで準備から本番から、何もかも協力した。 隣の目を丸くした颯太を見て、また前を見て。 「……みんなもありがとう。お疲れ様」 少し照れて頬を赤くしながらへにゃって笑う。 僕につられたのかみんなもへへって照れたように笑った。 「うぉおぉ!!! なんかテンション上がってきた! オレ歌うぜ!」 するとその中で一人、松村くんだけは立ち上がってマイクを取った。何やら机の上の機械をピピピッて操作すると、曲のイントロが流れ始めた。 「さぁ! 俺に酔いしれろ!」 まるでステージに立っているかのようにそう叫ぶと、松村くんは歌い始めた。 その曲は僕でも知っているものだった。最近よくテレビで見る男性アイドルのヒット曲……のはず。 松村くんの声は程よく低くて、澄んでいて、心地いい上に、歌うこと自体すごくうまい。 「茂ってなぜか歌うまいんだよな」 僕が驚いていると清水くんがこそって話しかけてきた。 普段はあんなにふざけている感じなのに、こんな才能ある一面もある。 他にも清水くんが裁縫得意だったり、颯太は苦手だったり、人間ってわからないな。人を知るって面白いことだったんだ。 みんなが合いの手や手拍子をするのに僕も合わせてみた。 そうして松村くんは一曲歌い終える。 フゥーー!という歓声や指笛の音が鳴り響く。 「おい! 渡来と間宮も何か歌ってみろよ!」 「えっ」 興奮も最高潮に達した松村くんが僕に無理やりマイクを渡す。 あわあわと僕はそれを受け取って、助けを求める。もちろん隣に。 「俺も聴いてみたいな」 だけど颯太は綺麗に笑んで僕を促すだけ。 そう言われたって僕はそんな曲とか聴かないし、本当に数えるほどしか知らない。でもこの流れを切るのも申し訳ないし、何より颯太が聴きたいって言ってるし………… 人前で歌うのは初めてだけど、そんなの音楽の授業とかで経験しただろって自分を奮い立たす。 それから松村くんが使った機械を手に取った。 曲名や歌手名で検索するものみたいだ。僕は一番好きな曲名を検索して、それを送った。 しっとりした前奏が流れ始める。 そこまで知られてはいないと思う。僕も勉強中にたまたま見つけたものだ。 歌詞は全て古語で、メロディーは現代。 スッと息を吸って歌い始める。やっぱり恥ずかしい気持ちは拭えなくて、ちょっと伏し目がちだ。 もう覚えてしまった言葉たちをメロディーに合わせてどんどん歌っていく。そしてサビが近づいてきた。 もうすぐ来るサビの歌詞。ここの切ない感じが、好きだった。颯太と出会って、違う意味でもっと好きになった。 ここだけは颯太を見たい。 そう思って、ちらりと隣に視線を向ける。 「やがて会わざらましかば、侘しからまし」

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