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ご注文は3

颯太も僕を見つめてくれていた。 その一節を歌にしたあと、僕は颯太から目をそらした。それからは一度も颯太を見ることなく歌い終えた。 ふっと息を吐いて震える手で机にマイクを置く。しんとパーティールームは静まる。 「ぐぅっ……!」 と、松村くんが急に唸った。しかも泣いている。 どうして泣いているのだろう。まさか僕の歌が聞くに耐えないほど酷いものだったのだろうか。 理由を知りたかったけれど颯太が機械を操作し始めたので後回しにする。歌い終えたら尋ねてみればいい。 颯太が機械の代わりにマイクを取ると同時にギターのメロディが流れ始めた。 颯太は静かに歌い始める。 その曲は全て英語だった。颯太は流暢な発音で、しかもとても心地いい美声で歌っていく。 流石に瞬間和訳はできないから全ての歌詞を理解することは叶わなかったけれど、それが恋人同士の歌で、どこか切ない響きを持っていることはわかった。 僕は口を小さく開けたまま颯太の横顔を見つめていた。颯太も先の僕同様、一瞥もくれない。 そして徐々に曲は盛り上がっていき、誰の耳にもサビが来ると明らかになってきた。 そのとき颯太が、僕を見る。 「I'll be able to fly with you limitlessly. 」 どくんとひときわ大きく心臓が鳴った気がした。 颯太はその部分だけ僕を見て、すぐに視線を戻した。 でも僕はもう歌どころじゃない。颯太が歌ったその一節が耳にこびりついて離れない。 だってわざわざ僕の歌詞に合うようにこの曲を選んでくれたのだから。すごく嬉しい。 颯太はそのままさらっと歌いのけてみせた。 ゴトッと颯太のマイクを置く音が静まった部屋によく響く。 「ぐぅぅっ……!」 そしてまたもや松村くんが泣いた。 今度は僕の歌ではなく颯太の歌で。ということは予想と違う理由ということだ。 それを僕が尋ねる前に松村くんが理由を教えて、いや、叫んでくれる。 「お前ら……愛が溢れてる!」 その言葉にきょとんとしてしまう。隣の颯太を見ても同様の表情だ。また松村くんに視線を戻す。 とりあえず感動の涙、ということらしい。不快の涙ではないと。 「どんな意味かよくわかんなかったけど、愛し合ってるのがめっちゃ伝わってきた……!!」 「茂、それは流石に訳せないとやばいぞ」 「うるせー!」 清水くんのツッコミにどっと笑いが起こる。その中で松村くんは続ける。 「ほんとお前ら、恋人通り越して夫婦だ! まじ夫婦かよ!!」 松村くんがビシィッと指を突きつけてきた。

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