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ご注文は4
「おっしゃ!! みんなどんどん歌うぞ!! 恋人いないやつら、夫婦に続けぇ!」
松村くんは指を下ろすとすぐさまそう叫んだ。
松村くんの言葉にみんなこぞって曲を入れ始める。なんかもはや恋人いなくて悔しいって空気になり始めている。
それよか何より、夫婦って……。
「夫婦だって。俺の奥さん」
「ひゃっ、颯太っ……」
颯太が僕に顔を寄せて囁く。顔が赤くなっちゃうからやめてほしい。
だって、だって、恋人を通り越して夫婦なんて。颯太が旦那さんで、僕が奥さんで。
そんなの考えただけで、もう。
「くっそ! ラブラブだなぁ!!」
すると目ざとく見つけた松村くんがまた涙する。それにクラスのみんなのはやし立てる声が続いた。
恥ずかしいけど、楽しい空気だ。
そうして色々な人が歌って、その度に手拍子やタンバリンを使って。清水くんも歌っていた。
僕と颯太はそのあと聞き役に回っていたけど、すごく楽しかった。
このクラスになれてよかった。いや、クラスに馴染めて、よかった。
そのまましばらくその雰囲気が続いていた。だが徐々に崩れ、歌ったり、お喋りしたり、とそれぞれやることが分かれ始める。
「颯太、ちょっとトイレ行ってくるね」
そうなって僕は席を立った。
薄暗く、大きな声の響く部屋から、照明の明るい廊下に出る。
きょろっと辺りを見回して、バルコニーを見つける。
トイレというより、外の空気を吸いたかった。
洋風な取っ手を押して外に出る。灰皿が設置してあるから、喫煙用スペースみたいだ。幸い誰もいなかった。
バルコニーの手摺に手をかけ、空を見上げる。
ビルの隙間から覗く星々と、まん丸の満月。
静かで、綺麗で。少し冷え始めてきた空気は、火照った体にちょうどいい。
「あーき」
「……颯太」
キィッて音が鳴って颯太がバルコニーに入ってきた。僕の横に並んで、同じように手摺に手を置く。
なんとなく颯太は追ってくるような気がしていたが、やはり正解だった。
「うるさいところはやっぱり苦手?」
「……ううん。騒ぎすぎて疲れちゃっただけ」
「そっか」
二人で満月を見上げていると、出会った日のことを思い出す。
あの日も綺麗な満月だった。でもあの時とは違って、僕と颯太は並んでいる。それがすごく幸せだった。
「今、初めて会った日のこと考えてる?」
「……うん」
「やっぱり」
それ以上何も続けない。
夜は僕らにとって大事な時間。そしてするりと心を紐解いてしまうことだって、ある。
僕は手摺の上の颯太の手に自分のを重ねた。そして颯太を見上げる。
「……『あなたと出会えてよかった』」
夜の空気に紛れるように囁く。すると颯太は穏やかに微笑んだ。
「『君とならどこまでも飛んでゆける』……」
そしてどちらからともなく唇が重なった。
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