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泥船渡河4
それからまた他の階の部署を案内してもらったり、医務室、事務室、それからまさかの給湯室を案内されたりもした。「今の時代、男もここに入るべきだと思うのよね」なんて言いながら。
俺だって下田さんの言うことに賛成だ。ジェンダーに囚われるから日本は成長しきれない部分が多いだろうし。
「俺が社長になったら男女平等目指しますね」と返事をしたら下田さんは嬉しそうに笑んだ。
そうしてとりあえず今日の部分は案内してもらった。
これ以上拘束するのは申し訳なかったが、下田さんはロビーまで見送ってくれると言って聞かなかった。引きそうにないので、結局二人並んで歩いていく。
「あ、あの! 下田さん!」
「ん? 真澄ちゃん、どうしたの?」
「この資料のここなんですけど……」
「あー、ここわかりづらいよね」
その途中、新人らしい女性が小走りで下田さんに寄ってくる。手に持った資料をその人が指差すと、下田さんはすぐに頷いた。
そして一言二言、その人に話しかけると、その人の表情が焦りから納得に変わる。
「ありがとうございました! あのお取り込み中なのに、すみません」
「一生懸命なのはいいことよ。でも焦りすぎないようにね」
「はい。ありがとうございます」
その人は俺にも頭を下げると、また小走りで去っていった。その後ろ姿を下田さんは苦笑とともに見送る。
後輩なのだろう。可愛くて仕方ない、という様子だ。
「下田さんって色々な人から頼りにされているんですね」
「そんなことないわよ。人の期待に応えたいとは思っているけど」
「素敵な心がけですね」
「そう?」
そんな小さな会話をしながら、ロビーまで一緒に行く。
「今日はありがとうございました。ためになりました」
「こちらこそ。来週も来るのよね?」
「はい」
「縁があったらまた会うかもね」
「そうですね。では」
「またね」
俺は頭を下げ、下田さんは手を振ってこの日は別れた。
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