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泥船渡河5
次の日、俺は亜樹とカフェにやってきた。
たった一日なのに、まるで何週間も会っていなかったようだ。
亜樹の笑顔を見るだけで、どうしようもなく胸が踊る。
「昨日どうだった?」
亜樹がココアに刺さるストローをくるくる動かしながら問うてくる。
亜樹は他の人の前では恥ずかしがるけど、ココアが大好きだ。そこがまたとても可愛いし、俺にだけ隠さないところもすごく嬉しい。
「すごくためになったよ。ただ途中から父さんに急用が入った影響で下田さんって女性に案内してもらったんだ」
「そうなの……?」
一日とはいえ隠すのはためらわれたから素直に吐く。そうするとやはり亜樹はちょっと悲しそうな顔をした。
テーブルの上の白い手がきゅっと握り込まれる。
「大丈夫。昨日だけだし、案内してもらっただけだから。顧問弁護士が有能じゃないとか、男も給湯すべきだとか、ぶっちゃけたことも教えてくれたりね」
「そう、なんだ……」
「亜樹……」
亜樹が俯いてしまう。ショックというよりは整理しているのだろう。
テーブルの上の亜樹の手に俺のを重ねる。
ここは奥まった席だから、亜樹の気にする人目もない。
亜樹はちらりと視線を上げて、嬉しそうに笑みを漏らした。
この上目遣いと、素直に見せる笑みは、本当に可愛い。こういう無自覚な部分は時に危険を寄せつけたりするけれど、本当に、可愛い。可愛いしか出てこない。
「ちゃんと話してくれて、嬉しい」
「キスしたい」
「なっ、だ、だめだよ」
そして極め付けにそんなことを言うもんだから、からかいたくなるんだ。
亜樹はポッと顔を染めて、辺りを窺う。
俺も確認した通り誰もいないとわかると、唇をつんと尖らせる。
無意識なのだと思う。俺がこういうこと言うと、すぐその気になっちゃうから。
もしかしたら元からしたいと思っていたのかも知れないけれど。
「……早くお家、帰ろ」
「俺の家と亜樹の家、どっちがいい?」
「あっ……ぼっ、僕の家!」
「そっかぁ」
「も、もうっ……」
亜樹はますます顔を赤くして俯いてしまう。
初めて俺のベッドでしたらそりゃもういいことを知れた。瞳を潤ませて、嫌でも感じている亜樹の姿は妖艶だった。
しばらくは無理だろうけど、また俺のベッドでもしたい。
重ねた手に少しだけ力を込めてみる。すると亜樹は俺を見て、ふっと微笑んだ。
こういう何気ない時を過ごしていると、不意に幸福感に包まれる。一緒の時間を手に入れることができたと、再確認できる。
亜樹といるこの時間が、俺にとって最も幸せだ。
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