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泥船渡河7

そのあとは残っていた数階を案内してもらう。先週と同じく父なら案内しようとしないところも。どうやら下田さんは実際に働いている者だからこそ知っていることを伝えたいらしい。 確かにそういう目線は大事だと思う。 何回か社員の人に下田さんが相談をされつつ、予定通りの見学を終えた。 「あ、颯太くん。先週案内し忘れたところ、あるんだ」 「どこですか?」 「二階よ」 少しずれた回答をしたあと、下田さんはまたエレベーターに向かう。 「あの、階段使いましょうよ」 「え? 大変でしょう?」 「降りる方なら楽ですし」 「そう……? ならそうしてもらおうかな」 俺の提案に下田さんは唇に指を当てて一瞬考えた。そして申し訳なさそうに笑む。 こういう無意識の仕草が男を射るのだろうと、脳のどこかで考えた。 そして二人して階段に向かう。 普段使っている人が殆どいないのだろう。そこは薄暗く少し埃っぽかった。 下田さんのヒールの音が静かな空間に響く。 「颯太くんって本当に高校生?」 「……え? そうですけど……」 「なんか大人っぽいよね」 「そうですか?」 「人の細かいところに気づくし、言動も子供っぽくないし。普通の大人と接しているみたい」 下田さんは俺より数段下から見上げてくる。そのまま階段を降りていくから、転ばないか少し心配になる。 「そんなことないですよ。俺はまだまだ子供です」 「え〜、そうかしら」 たぶん俺の子供らしい部分を知るのは亜樹と久志さんくらいだろう。本当に心を許した人しか知らない。特に亜樹には情けない部分をたくさん見せている。 でも亜樹はそんな俺も好きだと言ってくれた。そんな恋人が愛しくて仕方ない。 口元を押さえる。また思考に耽って、笑みを浮かべてしまっていた。 亜樹のことを考えると、すぐこうなってしまうからいけない。 「あ、ここよ。用具室」 「用具室?」 その時、ちょうど目的地に着いた。階段を降りてすぐのところだ。 なぜ用具室なのだろう。ここは今案内しなくともいいのではないだろうか。俺が就職する頃には色々変わっていると思うのだが。 下田さんだから何か考えがあるのだろうと、促されるまま先に入る。 ダンボールが積み上がった部屋を見回していると、背後でカチッと鍵の閉まる音。 その瞬間、嫌な予感が這い上がる。 最初に感じた悪寒は正解だったと、脳のどこかで声がする。

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