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泥船渡河8

振り返ると下田さんは綺麗な笑顔を浮かべている。 「あのね……颯太くん、私、あなたのこと……好きになっちゃったみたい」 その声には甘さが滲む。悩ましげに寄せられた眉や、豊満な胸を主張するように組ませた腕。長い脚は短いスカートから伸びている。 そういえば今日はやけに大胆な服装だ。最初から俺に告白するつもりだったのだろう。 そのための鍵か。嫌な予感というほどのことではなかった。 「ごめんなさい……。気持ちは嬉しいですが、同じ気持ちを返すことはできません」 「私たった二日だけど、すごく気が合うなって思ったのよ。だから……だめ?」 「確かに話は楽しかったです。でもだめなんです。ごめんなさい」 「……そう」 下田さんは俯いてとても悲しそうな声を出す。 本気で想ってくれていたのかもしれない。だがならなおさらはっきり言った方がいい。俺の中に亜樹以外が入り込んでくることはあり得ないから。 「じゃあこうするしかないわね」 「え?」 このまま終わるだろうと油断していたら、下田さんは飾るのをやめた低い声を出す。 今度こそ、予感は正解だったと確信する。 だって俺の上に下田さんが乗っているから。 そう、これでやっと今に至るのだ。 「あの……困るんですが」 「あら? どうして?」 「いや、恋人がいるので……」 「じゃあ恋人さんには黙っておきましょう」 下田さんは指先で俺のシャツの上から体を触る。その動きは男に慣れた人のそれだ。 全部演技だったみたいだ。 時に大人っぽく、時に可愛らしく、そして頼りにされている様子や、閉所を怖がるような弱い部分。様々な一面を見せることで男を惚れさせ、守りたいと思わせる。 よく考えている。おそらく最初に目をつけてから、ずっと落とそうと考えていたんだろう。 残念ながら俺はそれに気づかなかった。それほど効果がなかった。 下田さんの手は俺の胸から腹、そして下半身へと辿り着く。 いやらしく触られても、何も感じない。 「やめてもらえませんか」 「お姉さんが気持ちよくしてあげる」 「そうやって何人もの男を落としてきたんですね」 「次は若い子ってわーけ」 もう隠すのはやめたようで、妖艶さを剥き出しにしてくる。 一度気持ちよくすればもう戻れなくなるというわけだ。きっと同世代やもしくは少し上も、こうやって誘惑してきたのだろう。 若いならなおさら容易だと思っていたのだろう。

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