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邂逅と厭忌は紙一重10
もう夕暮れ時になっている公園は殆ど人がいなかった。前に杏ちゃんたちがサッカーをやっていたところで、遊んでいる子供が数人だけいる。
「ここで初めて会ったよね!」
「そうだね。お兄さんがボール取りに走ってるのに、杏ちゃんが追い越してさ」
「なんかいい予感がしたの! だから直接顔を見なきゃだめだって気がした」
「すごい直感だね」
「えへへ〜」
杏ちゃんは照れ笑いしながら歩き出す。
こういう直感に従って真っ直ぐ行動できるところは、杏ちゃんの良さなのだろう。こんないい子が僕なんかを想ってくれたんだ。
「杏ちゃん、告白の返事、してもいい?」
とても小さい背中に声をかける。
その背がピクッと動く。
「うん」
振り返った杏ちゃんの表情は、誰よりも大人びていた。夕日が彼女に影を作り、長めの髪の毛は風に流される。
「こっち行こ、亜樹くん」
少し首を傾げニコッと笑った杏ちゃん。
今日会った時からずっと変わらない可愛い笑顔。
僕の手から荷物を外す。そしてもう片方の手をきゅっと握ってブランコまで連れていった。
二個のブランコにそれぞれ座る。
きーこ、きーこと杏ちゃんがブランコを揺らす音が聞こえる。
「杏ちゃん、まず僕を好きになってくれてありがとう。それから今日は……」
「……そういうの、いらないよ」
「うん。ごめんね」
答えた杏ちゃんの声は信じられないほど小さかった。
「僕にはね、恋人がいるんだ。だから杏ちゃんとは付き合えない」
「恋人のこと、大好き?」
「うん。すごく大事な人で、大好きな人」
「そっか……」
告白の返事など、経験が皆無な僕にはわからない。相手が傷つかないようにって考えるけど、ふる時点でそれは成立しないんだろう。
どっちみちこんな小さな女の子を傷つけた。
杏ちゃんのことは当然見れない。じっと前を見て、今度は僕がきーこきーこと鳴らす。隣のその音は、止まっている。
「……うーっ……」
代わりに隣から聞こえてきたのは泣き声。抑えたくても抑えられないのだろう。大きな声が隣から聞こえる。
何度も鼻をすすり、何度も声を出し、激しく、激しく、泣いていた。
いくら大人びていても、ここは子供で。感情のコントロールはまだまだ学習途中。でもその涙は想いの強さだ。
僕に声をかける資格はない。いや、かけたら杏ちゃんの自尊心を傷つける。
手の中の鎖が恐ろしく冷たかった。
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