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邂逅と厭忌は紙一重12
「飲み物いる?」
颯太の家に帰るとまず最初に聞かれた。その問いに首を振る。
「わかった」と返事をした颯太に導かれ、部屋に入る。
「……あ」
「もう逃げる必要もないし、買ったんだ」
部屋を一目見て変わったところに気づく。殺風景だった部屋に一つ家具が追加されている。
ソファ。
部屋に合わせた小さめの茶色のソファだ。二人掛けくらいだろう。だが幅が広い。二人で使うには少し大きめのサイズ。
「これで邪魔されずに亜樹とくつろげる」
颯太は嬉しそうに笑みを漏らし、ずっと腕につかまったままの僕の頭を撫でる。それからソファへ連れていった。
「ほら、ダーイブ」
ふざけたようにそう言って、二人してソファに寝転ぶ。颯太が下で、僕が上。
そしてぎゅうっと抱きしめてくれた。
いつもの体温に、匂いに、すごく、安心する。
「杏ちゃんに返事してきたの?」
「うん。した」
「そっか」
颯太は僕の髪の毛に指を通し、ふわふわ頭を撫でてくれる。
心地よい感触は僕の心にするりと薬を落とすようだ。素直な思いを吐き出していいと思わせてくれる薬。
「杏ちゃん、泣いたんだ……すごく悲しそうに……大きな声あげて……」
「うん」
「でもね、最後には笑って……諦めないって……もっと大人っぽくなるって……」
「素敵な子だね」
「……うん」
颯太はずっと頭を撫でてくれて、僕はその手に頭を擦り付ける。
今でも鮮明にあの泣き声が思い出せる。颯太の胸に顔を埋めていると、僕まで泣いてしまいそうになる。
「いいよ、亜樹」
「……やだ。だめなの」
杏ちゃんを振った人間が泣いていいはずないんだ。あの子の勇気を、悲しみを、受け止めて昇華する方法は涙じゃない。そう思うから。
「じゃあ俺の話聞く?」
こくんと頷く。
僕の方はかたがついた。しこりは残るけど、とりあえず終わった。
だから次は颯太の番だ。颯太の方はもっと複雑になるだろう。あの人の本性はあんなだったし。
「あのあと下田さんの好きなとこに連れ回されて、別れ際に諦めないって言われた」
「うん」
「ごめん。見ての通り男慣れしている人で、迫られたから恋人がいるって断った。それで今日一緒に出かけたら諦めるって約束だったんだけど、急にそう言い出して」
「そうだったんだね」
そんなの全部知っている。僕の目の前で言われた。すごく怖かったんだよ、颯太。
無理やり颯太の頭の下に腕を入れ、綺麗な髪に指を通す。掌で触ると、髪の毛一本一本が細くて、さらさらで気持ちいい。
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