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邂逅と厭忌は紙一重13
「亜樹さ、二人きりで話した時、嫌なこと言われたりした?」
「……ううん」
「言われたんだ。教えてほしいな」
「……キスマーク、つけたい」
体の強張りとか甘え方とか、颯太にとってはヒントになることばかりなのかもしれない。隠し事なんてできないや。
でも話したくない。
颯太に下田さんのこと話したら、まるで告げ口だ。正面から挑まないのは下田さんと同じ。それじゃあ負けたみたい。
颯太は僕の要求にふっと笑いを零した。それから首を曲げてキスしやすいようにしてくれる。
僕は顔を上げて颯太の首に口を寄せた。
基本的にキスマークをつけるのは颯太だ。僕は数回やったことがあるくらい。
口に力を入れ、ちうっと吸う。
顔を上げると点のように赤いキスマークがついていた。小さすぎる。
もう一度顔を寄せる。
「明日、下田さんと話してくるよ。あの人何するかわからないし」
僕が首を吸っている間に颯太は話し始める。
確かに諦めないと決めたら、何でもやりそうだ。颯太にわからないように僕を怪我させようとしたり、颯太には無理やり迫って体を繋げようとしたり。
「もうメールしてある。あ、メアド教えただけだよ。他は何も教えてない。メアドも使ってないやつだし」
「うん」
「ついた?」
「うん」
「やっと笑った」
一個だけだけど、大きくついた。普段は服に隠れて見えないところ。
嬉しくなって思わず笑んだ。
すると颯太はまた頭を撫でて、キスをしてくれる。それから僕のキスマークを指先で撫でる。その表情は幸せそうで、僕の心もほろほろ溶けていく。
僕からキスをしようとすると、それを遮るようにバイブ音が鳴った。
どうやらそれは颯太のスマホで。
「……返事きたよ」
「何て?」
「明日の八時に今日のカフェだって。しかも亜樹も来いって」
「僕も……」
何か企んでいるのだろうか。今日みたいにどこかに連れ込んで脅すとか、僕の目の前で颯太を落とすとか……?
寧ろ僕がいない方が好都合だと思うのだけど。下田さんの考えていることはわからない。
プライドの高さゆえの行動かもしれない。
「嫌なら来なくても平気だよ」
「ううん。行く」
「わかった。明日はちゃんと離さないから」
「ありがと」
意味を履き違えたらまるで告白だ。ポッと染まってしまう頬を隠すように、また首にキスをする。
颯太と一緒にいるとすぐに気持ちが変えられてしまう。悲しさとか意地とかその前に抱いていたはずの感情が薄くなる。
心が軽くなる。
「颯太、好き」
「俺も大好き」
「じゃあ僕はもっと大好き」
「じゃあ俺は大大大好き」
「ふふ」
きつく抱き合って馬鹿みたいに愛を囁き合った。颯太がいるから、明日は怖くなかった。
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