301 / 961
メイド冥土1
「ねぇ亜樹、旅行いこうか?」
「……え?」
季節は冬。どんどん寒くなってきて、いつの間にか十二月になっていたある日のこと。
颯太がそんなことを言った。
「今月、俺と亜樹、誕生日だしさ、クリスマスもあるから。イブと当日の一泊二日」
「い、行きたい……!」
小さなテーブルを挟んだ向かいの颯太に顔を寄せる。
颯太と二人きりの旅行。楽しいに決まっている。しかも誕生日やクリスマスに乗じてだし。記念日好きな心が騒ぐ。
行くならどこだろう。クリスマスだからイルミネーションだろうか。そうだ、クリスマスならケーキとかツリーとか素敵だ。それもキラキラ光って。
「あーき、顔緩んでるよ」
「だ、だって楽しみ……」
「俺もだけどね」
嬉しそうに微笑む颯太に頬をつつかれた。つつかれたところを手で隠すけれど、笑みまでは無理だった。
颯太と二人で緩んだ顔を向け合う。
「泊まるところなんだけどね、このホテルどう? あまり高くなくて、でも眺めはいい。海に近い場所だし、イルミネーションやってる公園も行ける範囲にある」
「わっ! すごい……」
颯太がスマホの写真を見せてくれる。
広すぎないが、二人でくつろぐには十分な部屋。ベッドはダブル。しかもそれの八階。
近くにあるスポットみたいな欄にも魅力的な場所が多い。
ますます旅行が楽しみに……
「ま、待って!」
「え?」
画面をスライドしていくと値段が載っていた。確かにそこまで高くはないけど、小遣いは殆ど貰わない、というよりお年玉で済ませる僕には、少しきつい。旅行中に遊ぶお金も含めると。
この旅行で貯金を多く使いすぎて、そのあと颯太と遊ぶ時とかに困窮しそうだ。
「お金が足りない……かなって……」
「俺の貯金があるよ?」
「や、流石に自分で出したい!」
僕の誕生日だからと言われたらまだ納得できるけど、今回は僕と颯太の誕生日、それからクリスマスだ。
だから絶対に自分で払いたい。
「じゃあバイトする?」
「だめだよ。本当は禁止だもん」
「違う違う。俺の家で」
「……ん?」
自分の耳を疑ってしまう。
颯太は学校に内緒でバイトをしていたから、僕にも提案したのではなかったのか。
俺の家ってどういうこと? そもそもどっち? いや普通に考えれば九条だ。
「来週の土日に一人休みがいて、二日間だけ雇おうかって話が出てるらしいんだ。それ亜樹やってみない?」
「……でも、平気なの……?」
「俺がいるから平気だよ」
「そっか……そうなんだ。じゃあ、やってみよう……かな」
「よし、決まり」
九条の息子の颯太が言えば色々取り計らってくれるんだろう。これならちょっとしたお手伝いの範囲で済まされるだろうし……。
お金を貰う時点でだめかもしれないけど、普通のバイトが無理なら仕方ない。
それに何より旅行が現実になりそうだから、やる以外の選択肢に脳が向かわない。
顔が綻んだまま颯太を見ると、颯太はやけに嬉しそうに僕を見ていた。
颯太に頭を撫でられながら、来週の土日に思いを馳せた。
ともだちにシェアしよう!