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メイド冥土1

「ねぇ亜樹、旅行いこうか?」 「……え?」 季節は冬。どんどん寒くなってきて、いつの間にか十二月になっていたある日のこと。 颯太がそんなことを言った。 「今月、俺と亜樹、誕生日だしさ、クリスマスもあるから。イブと当日の一泊二日」 「い、行きたい……!」 小さなテーブルを挟んだ向かいの颯太に顔を寄せる。 颯太と二人きりの旅行。楽しいに決まっている。しかも誕生日やクリスマスに乗じてだし。記念日好きな心が騒ぐ。 行くならどこだろう。クリスマスだからイルミネーションだろうか。そうだ、クリスマスならケーキとかツリーとか素敵だ。それもキラキラ光って。 「あーき、顔緩んでるよ」 「だ、だって楽しみ……」 「俺もだけどね」 嬉しそうに微笑む颯太に頬をつつかれた。つつかれたところを手で隠すけれど、笑みまでは無理だった。 颯太と二人で緩んだ顔を向け合う。 「泊まるところなんだけどね、このホテルどう? あまり高くなくて、でも眺めはいい。海に近い場所だし、イルミネーションやってる公園も行ける範囲にある」 「わっ! すごい……」 颯太がスマホの写真を見せてくれる。 広すぎないが、二人でくつろぐには十分な部屋。ベッドはダブル。しかもそれの八階。 近くにあるスポットみたいな欄にも魅力的な場所が多い。 ますます旅行が楽しみに…… 「ま、待って!」 「え?」 画面をスライドしていくと値段が載っていた。確かにそこまで高くはないけど、小遣いは殆ど貰わない、というよりお年玉で済ませる僕には、少しきつい。旅行中に遊ぶお金も含めると。 この旅行で貯金を多く使いすぎて、そのあと颯太と遊ぶ時とかに困窮しそうだ。 「お金が足りない……かなって……」 「俺の貯金があるよ?」 「や、流石に自分で出したい!」 僕の誕生日だからと言われたらまだ納得できるけど、今回は僕と颯太の誕生日、それからクリスマスだ。 だから絶対に自分で払いたい。 「じゃあバイトする?」 「だめだよ。本当は禁止だもん」 「違う違う。俺の家で」 「……ん?」 自分の耳を疑ってしまう。 颯太は学校に内緒でバイトをしていたから、僕にも提案したのではなかったのか。 俺の家ってどういうこと? そもそもどっち? いや普通に考えれば九条だ。 「来週の土日に一人休みがいて、二日間だけ雇おうかって話が出てるらしいんだ。それ亜樹やってみない?」 「……でも、平気なの……?」 「俺がいるから平気だよ」 「そっか……そうなんだ。じゃあ、やってみよう……かな」 「よし、決まり」 九条の息子の颯太が言えば色々取り計らってくれるんだろう。これならちょっとしたお手伝いの範囲で済まされるだろうし……。 お金を貰う時点でだめかもしれないけど、普通のバイトが無理なら仕方ない。 それに何より旅行が現実になりそうだから、やる以外の選択肢に脳が向かわない。 顔が綻んだまま颯太を見ると、颯太はやけに嬉しそうに僕を見ていた。 颯太に頭を撫でられながら、来週の土日に思いを馳せた。

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