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メイド冥土2

そしてバイト当日。僕は颯太の隣に立って、普段から働いている人たちに紹介されようとしていた。 「こちら今日と明日だけ海山さんの代わりに臨時で働いてもらう三枝美守さんです」 「よろしくお願い致します。業務内容はわたくし佐藤がお教えしますね」 「よ、よろしくお願いします……」 ただしメイド服で。 僕の目の前には九条の家で働くメイドの方々が並んでいる。 聞いてない。こんなの聞いてない。 働くのって普通の使用人としてだと思っていた。まさか文化祭で使ったメイド服を着て、ウィッグもつけて、つまり女装で! 恋人の実家で働くなんて、ありえない。 前に会ったことある佐藤さんでも僕に気づいてくれないし。完全に今、僕は、女なんだ。 「颯太、こんなこと聞いてないよ」 「だって言ってないから」 颯太を睨むと、当の本人は悪戯が成功した子供のように笑っていた。 そんな颯太を更に睨む。 「いやだって休みは女の人だったんだ。でも亜樹は働きたい。ならこの形が合理的」 「……それは、そうかもしれないけど」 「あと父さんには気づかれないようにね」 「えっ?」 二日我慢するだけならと思って納得しかけた脳に、また新たな情報が入ってくる。 颯太のお父さんに気づかれないようにってことは、颯太は父に内緒で僕を雇ったということになる。 そもそも僕の名前を変えている時点で、適当な嘘を塗り固めて、全く違う人物にしているということだ。 きっと颯太はお父さんに、いい人がいるから全て任せてくれとか言ったのだろう。颯太のお父さんだっていい機会だと思いそうだし。 でも考えてみれば、あの大企業、九条のトップを騙すということだ。これって危険なことではないのだろうか……。 「流石に俺も怒られるから」 青くなった僕に颯太が追い打ちをかける。ごめんねって感じで軽く言うけど、僕は更に青くなる。 父に少し嘘をつくのと恋人の父を騙すのって大きな違いだ。これは慎重に生活しなきゃならない。一気にハードルが上がってしまった。 「佐藤さんがいるし、大丈夫だよ」 「え、でも……」 颯太は僕に顔を寄せるのをやめて、メイドの方々に向き直ってしまう。 でも佐藤さんも僕に気づいていない。自分から話すわけにもいかないし。そりゃ佐藤さんはいい人だから、メイドとして接するとしても、いくらか気分は楽だろうけど。 「じゃあ二日間よろしくお願いします。三枝さんも、ほら」 「あ……短い間ですが、よろしくお願いします」 颯太の手が背に添えられる。 慌ててお辞儀をした。 その拍子にスカートがふわりと揺れる。改めて女の子だと思い知らされて、苦い気持ちになった。 二日間、本当に大丈夫かな。

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