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メイド冥土4
部屋の中はいたって普通の客室といった感じだ。主な家具はシングルベッドにテレビ、机に荷物置き用の棚くらい。
メイドのことなんて何もわからないけど、掃除くらいならできる。いつもやっているんだし。
僕はまずはたきを取り出してそれぞれの場所の埃を上から下に落としていった。そこまで広い部屋ではないのであまり時間はかからない。
それが終わると今度は掃除機のスイッチを入れた。
「わ……音小さい」
その掃除機は本当に吸うのかというほど音が静かだった。試しにカーペットに掃除機をかけると、楽々吸い取ってくれた。僕の家の掃除機より吸う性能がいい。
いいな。僕もこの掃除機、欲しい。
はたきで落とした分も含め、掃除機を全てかけると今度は雑巾を出す。
二枚のうち一枚を洗面所で濡らし、片方を乾いたままにする。
そしてまず窓を拭いた。水拭きしてから、から拭き。角のところまできっちり拭いた。多分これくらい丁寧にやらないとだめだと思う。
窓を拭いた雑巾は殆ど汚れない。毎日の掃除が丁寧なのだろう。
そしてその雑巾を持って今度は棚に行く。棚の中にあるハンガーも中自体も念入りに拭いて、それからテレビ台も同じようにする。
埃取りでテレビ画面を綺麗にして、今度はベッドに移った。
しわを伸ばし、枕の位置も調整して、ドアの前で部屋を見渡す。
「……うん。これでいいかな」
時間はかかったけど、ちゃんと綺麗にできた。自分の家の掃除よりかなり丁寧にやったから、きっと平気だろう。
自分の心まですっきりした状態で廊下に出た。
「佐藤さん、終わりました」
「お疲れ様。三枝さん」
廊下の床を掃除していた佐藤さんに声をかける。すると手を止めて、僕の方へやってきた。
僕が開け放したままの部屋に入っていく。
佐藤さんは顎に手を当て部屋をじっくり見ていた。まるで姑が嫁の掃除具合を確かめているみたい。
佐藤さんはすっと一本の指を取り出して、窓のレールをなぞる。テレビでよく見るやつだ。
「三枝さん、ちょっと来てください」
「あっ、はい」
一人で感動していると手招きされる。
「窓や棚の隅まできちんと拭けています」
「はい。ありがとうございます」
「ですがレールはやっていませんよね? 埃が少し残っています。わたくしたちは毎日レールも拭いていますので、ここもお願いします」
「わかりました」
佐藤さんは僕に対する態度とは違って、引き締まった顔つきで僕に注意をする。
確かに見せられた指にはうっすら埃がついている。レールは盲点だった。ここまでちゃんと掃除しなければならないのか。
「それから」
佐藤さんは次にベッドのところへ行く。
「表面のしわだけでなく、側面のしわもしっかり伸ばしてください。ここのところ、少ししわが残っています」
「は、はい」
佐藤さんはしゃがんで横に垂れた布団を整える。四面全てそれをやると立ち上がった。
「それ以外はよくできています。この調子で残りの場所の掃除もお願いします」
「わかりました」
「では、わたくしは通常の業務に戻りますね」
「ありがとうございましたっ……」
佐藤さんは笑顔でお辞儀をすると部屋から出て行った。僕も慌ててお辞儀する。
佐藤さんはわざわざ自分の時間を使ってまで僕の指導をしてくれたみたいだ。優しさというか、九条で働く厳しさを垣間見た気がする。
「よし、頑張ろう」
お団子を揺らし、スカートをはためかせ、僕は意気込んだ。
そして意欲満々に部屋を出る。
廊下の清掃は既に佐藤さんがやってくれたみたいだから、二階はあとは無人の七部屋と、柊先輩の部屋、それから颯太の部屋だ。
まず挑むのは無人の部屋だ。
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