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メイド冥土9
部屋の外に置いてある掃除機を引っ掴んで階段を駆け下りる。
顔が熱くて仕方ない。
一階に下りると一番近くの部屋に駆け込んだ。バタンッとドアが閉まる。
「馬鹿……! 颯太の、馬鹿……!」
頬を両手で包んで、目を見開く。
流される僕も悪い。でも家であんなことをしようとする颯太だって悪いはずだ。
よりにもよって実家で。実家で!
羞恥とか怒りとかやるせなせとか色々混ざってもうどうにもならない。
僕は大きく息を吐くと、はたきを取り出す。
とりあえず仕事はしなければ。
そう思って掃除にとりかかる。
自分の感情を全てぶつけていると、丁寧さはそのまま、時間は短縮気味で掃除が進んでいく。
頭の中で喚きとも奇声ともつかぬ声を発しながら僕は次から次へと部屋を掃除していった。
十部屋掃除して、廊下を駆けずり回って掃除して、洗面所を掃除して。
全て終わる頃には頭の中は落ち着いていた。とにかく今は仕事に集中しよう。
颯太と話すのは夜。仕事が終わってから。
そうして僕はメイドの控え室に戻った。
中に佐藤さんはいない。若めの方が一人いた。
「あ、三枝さん……ですよね? 海山さんの代わりの」
「はい。そうです」
「もうそろそろ夕食が始まるので行きましょう。私も今日は給仕担当なんです」
「そうなんですか。わかりました」
品のいい笑みと共にその人は僕を連れ立って歩き出す。
若いのに丁寧な言葉遣いや洗練された雰囲気だと感じる。メイドに、しかもこんな大企業の社長の家のになるくらいだから、きっとレベルの高い人が選ばれているのだろう。
二日間とはいえ僕みたいなのが混じっていいんだろうか。
「まだ自己紹介していませんよね。私は相笠と言います」
「よろしくお願いします、相笠さん」
「今日は私が颯太さま、三枝さんが俊憲さまにお料理を運ぶことになっています」
「……はい」
相笠さんは依然笑顔で僕に説明をしてくれる。
颯太のお父さんに近づかなければいけないのは危険かもしれない。けれど颯太と顔を合わすのも気まずいから、きっとこれでよかった。
相笠さんと談笑しながら厨房へ行く。厨房は食堂とそこまで離れていないらしい。
厨房へ入ると、ふわっといい匂いが鼻をくすぐった。
既に用意されている三人分の食事を相笠さん、僕、それからもう一人のメイドの方が持った。
気を利かせてくれたのか僕が最後尾で食事の部屋に入っていく。少し横長のテーブルに、お父さんとお母さん、颯太が座っていた。
先に行ったメイドさんのやり方を盗み見てから、颯太のお父さんのもとへ行く。
「……どうぞ」
「ありがとう」
少し震える手でお父さんの目の前に料理を置く。
「……君」
「はい」
すると彼は僕を見上げてきた。
震えているのがわかったのだろうか。というか僕だとバレた?
何をも見透かすような彼の視線。逸らすこともできずに見つめ返す。
大丈夫。声は作ってるし、見た目も完全に女の子。だから、大丈夫。
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