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メイド冥土13

「……き、あき……亜樹、起きて」 「……ん? そうた……?」 愛しい人の声が優しく耳に注がれる。肩にかかる手が僕を揺する。 目をこじ開けるとやっぱり目の前には颯太だ。 「そうたぁ、おはよう」 「おはよう。亜樹」 へにゃりと笑えば、颯太も嬉しそうに目を細める。まだ眠いから颯太に抱きついた。 「……って、違う違う。亜樹、もう起きる時間」 「……え?」 「早く行かないと他の人来ちゃうよ。そしたら服着替えられないでしょ?」 服を着替える……? 他の人が来るから……? 寝起きのぼんやりした頭でその言葉の意味を考える。意識は自然と昨日起きたことに向いて、そうなればメイド服を思い出して。 「今何時?」 「うわっ。えっと……六時」 僕はガバッと体を起こす。 そうだ。今日もメイドとして働かなければいけない。他の人が来る前に準備済ませなきゃ。 幸い六時だと言うしまだ間に合う。颯太が起こしてくれなければ危なかった。 「颯太、起こしてくれてありがとう」 「いいえ。そうだ、髪の毛俺がやってあげる」 「髪……?」 颯太が床を指差す。ぺしゃっと潰れたウィッグが目に入った。 外すのも怖いからとお団子はそのままにしておいたけれど、結局のところ乱れている。 颯太はベッドから出てウィッグを拾うと、椅子のところへ僕を呼んだ。 「前向いてね」 「うん」 椅子にちょこんと腰掛けて、颯太に背を向ける。 颯太の手によってウィッグがふわっと乗せられた。 少し位置を整えたあと、颯太の指が髪に通る。髪の毛をとかし、結んでいく。 実際に自分の髪の毛ではないのに、颯太の指がいじっていると思うと、なぜかドキドキした。 「こうしてると本当に女の子みたいだね」 「……颯太のせいだよ」 「ごめんって。でも嬉しい」 「……え?」 颯太は女の子の僕の方がいい、ということ? ずきんっと心臓が痛む。 そんなことないって理解しているけど、先ほどの言葉をそれ以外にどう捉えたらいいのかわからない。 「だって本当の亜樹の姿はこの二日間、俺以外見てないってことだから。ここに男の亜樹がいるはずなのに、それを知っているのは俺だけ」 「……そんなの、ここでだけだよ……」 「うん。それでも嬉しい。はい、できたよ」 「ありがと……」 颯太が柔らかく頭を一撫でして手を離す。僕はお団子を触るふりして俯いた。 颯太の考え方、おかしい。学校じゃ男の格好なのに、こういう時だけ、そういう独占欲。かっこいいくせに、可愛くて、ずるい。 「ほら、行ってらっしゃい」 「……う、うん」 赤くなった頬に颯太がわざとキスをする。そうされるとより赤くなってしまう。 それを手で隠しながらドアのところまで行く。荷物を取って、ドアノブに手を伸ばして、 「行ってくる……ね」 そっと振り返る。そしてちょこっと手を振る。 やっぱり颯太の顔は最後に見たい。そうしたら元気が出る。 颯太は少し目を丸くして、うっすら頬を染める。それからすぐに破顔した。 「頑張って」 手を振り返してもらった僕は笑顔で部屋を出た。

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