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旅行の始まり1
ピンポーンッて家のベルが鳴る。思わず大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
「亜樹、慌てすぎよ」
「だって母さん、今日は……!」
「はいはい。颯太くんと旅行行ってくるのよね。気をつけて楽しんできなさい」
「うん。ありがとう! 行ってきます」
少し大きめのカバンに服等を詰め、出歩く時用にリュックを背負って。
僕はスーツ姿の母さんに笑顔で声をかけて、玄関に飛んでいった。
「颯太っ!」
「わっ! 亜樹、いつもより大胆だね」
「ふふっ、嬉しくて」
玄関を開けたらすぐそこにいた颯太にぎゅっと抱きつく。颯太はよろけながら僕を受け止めてくれた。
颯太の胸に擦り付ける僕の頬を颯太は指先で撫でる。
もう子供ではないのに、昨日はワクワクしすぎてあまり眠れなかった。初めてだから仕方ないって屁理屈を言って、もう全て認めてしまった。
だから朝からこんなことをしても恥ずかしくない。嬉しさが全部カバーしてくれる。
「ほらほら、可愛いことしてないで行こう」
顎を掴まれて口づけられる。僕はもっと嬉しくなって、やはり大きく返事した。
「うん!」
「……キスしてもこれか。先が思いやられる」
颯太は額に手を当てて息を吐く。
でも颯太だって嬉しそうに笑っている。そして大胆にも手を繋いで僕らは歩き出した。
「久志さんがついていきたい〜亜樹ちゃんに会いたい〜って言ってたよ」
「ついてくるのはだめだけど、僕も会いたいな」
そういえば最近、久志さんに会えていない。颯太の家には行っているけど、魔が悪くて結局顔を合わせていないままなのだ。少なくとも今月は会っていない。
「んじゃ、そう送っとくね」
「えっ!」
颯太がスマホを取り出してささっと文字を打ち込む。僕が止める間もなく送信してしまった。
そのあとしんっとその場が静まる。
今は冬。すごく寒いはず。でも、暑い。
心臓のあたりからどくどくと熱が送られてくる、気がする。
いや、でも、悪いことは言ってない。ごく当たり前のことを言ったまでだ。
だって恋人との二人きりの旅行に伯父さんがついてくるとか、普通はないから……。
それにすぐに返信とかないだろうし。
そう思った瞬間に、隣からピロンッて音。
「……っ」
「お、返事きた」
「なんて……?」
「ん? 普通だよ」
そう言って颯太がスマホの画面を見せてくれる。
『相変わらず率直だな、亜樹ちゃん! 楽しんでこいよ! お土産くれ〜〜』って文面だ。なんとも久志さんらしい。
くすって笑みが漏れる。
「お土産買っていこうね」
「うん。久志さんとか清水くんにもいいかもね」
「あ、そうだね。清水くんにも……」
二人してやけにニコニコ笑いながら僕らは駅に向かう。
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