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旅行の始まり2
駅の中は普通に混んでいた。今日は平日だし、まだスーツ姿の人もちらほらいる。
流石に繋いだ手は外して中を進んでいく。
ホームに降りると目的の電車はすぐに来た。颯太は僕を先に乗せる。
高校生の旅行だからそこまで遠いところに行くわけではない。新幹線ではなくて電車で行ける場所。
でも遠出は遠出だ。
颯太と並んで電車に座る。わざと時間をずらしたから満員ではない。
「満員じゃなくてよかったね」
「うん」
「俺は満員でもいいけどなあ……」
「どうして?」
「亜樹と公の場で密着できるから」
「……そうだね」
頬を染め、隣の人を見上げて笑ってみる。するとなんとも言えない表情を返された。
驚愕と歓喜と恐怖と照れが同居したような感じ。つまりはやはりなんとも言えないんだ。
そして大きく大きく溜め息を吐かれた。
「素直な僕は嫌い……?」
旅行の力って、すごい。
普段は恥ずかしくて言えないことも、口に出させてしまうのだから。
でも颯太が嫌がるとか、引いちゃうなら、やめておきたい。
さっきの顔を思い出すと、その可能性もある。
少し心配になってきて、颯太の服の裾をちょこんと掴む。
「嫌いなわけないじゃん。ただ急にデレるから俺の心臓が持たないっていうか……」
「安心して。今だけだから」
「いや……それも惜しいな……」
たぶん旅行の雰囲気に慣れてきたら、すぐに羞恥が勝ってしまうと思う。
満面の笑みで言ってみれば、颯太は苦笑した。
なんかこういう雰囲気、いいなぁ。
二人きりで、二人にしかできない会話をして、二人だけで向かう。
穏やかで柔らかい冬の日。
電車の中はすごく暖かかった。それに寝不足もあった。
必然的に眠気が襲ってくる。
「ねえ、亜樹……」
颯太が何か言っているけど、脳は言葉として処理してくれない。
うとうとして前に頭を垂らしてしまう。
するとどこか温かい感触が頭に伝わってきた気がする。
無意識に笑みを浮かべて、眠りへ引きずられていった。
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