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旅行の始まり5

ちらりと颯太を見れば僕を見て淡く笑んでいた。 「飛び込みたい?」 「……えっと」 「夜になったらたっぷり使うから、今は我慢したら?」 「え……?」 夜になったら、使う? ベッドですること。しかも僕と颯太の関係性で。つまり恋人が、ベッドで……する、こと…… ボンと頭が爆発する。 やだ、颯太えっちだ。すぐそういうことに結びつける。しかもたっぷりって言った。 そんな、旅行先でまで。 そりゃあ期待しないって言ったら、嘘になるのかも、だけど。 指先を擦り合わせる。 そんな時、ふと思いついた。 慌てて壁に近づいて拳で叩く。 「何やってるの」 「壁厚いかなって……」 僕の奇行に颯太が吹き出す。でも僕は真剣だ。 だってもし隣室の人に声を聞かれでもしたら僕は生きていけない。 「亜樹が声我慢したら?」 「……頑張るけど、無理だもん……きっと……」 壁につけた拳を下ろす。幸い壁の音は重かったから、大声でなければ平気そう。 「可愛いなぁ」 颯太が後ろから抱きついてくる。お腹に回った腕に手を添える。 颯太に抱きしめられるのは、心地いい。人と触れ合うのはすごく幸せだと実感する。 それに颯太に"可愛い"を言われると、男のくせに胸を高鳴らせる自分がいて。颯太のそれの意味をわかるが故なんだろう。 颯太の顎が僕の肩に乗る。壊れ物を扱うように颯太は優しく僕を抱きしめた。 僕も頼もしい胸に体を預けて目を閉じる。 しばらくそのままでいたと思う。 でも上着を着ている分、素肌が遠くて。普段より早く現実を取り戻した。 「颯太、もう行こう?」 「……あと少し」 「……わかった」 だけど颯太に言われれば、僕もあと少しだけって気持ちが湧いてしまう。 あと少し、もう少し。 そんなことを繰り返して、僕らは更に長く抱き合ってしまった。

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