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旅行の始まり6

「はー、充電完了」 そう言って颯太は僕を解放した。 「けっこう時間経っちゃったね」 「まずはお昼食べいこうか」 「うん」 "あと少しだけ"ってなかなかに危険な言葉だと思う。 今やってることを一回引き伸ばすと、それを何度もしてしまうんだから。勉強においても、何か好きなことにおいても、抱き合うことにおいても、変わらないらしい。 まあ時間に縛られているわけでもないし、好きに過ごせばいいのだけど。 それに、 「デートもいいけど……二人きりの時間も、大事だね」 こっそり口にしてみると颯太は柔らかく微笑んだ。 本当は特別なことなんかしなくてもいい。二人ってところが大事なんだ。 旅行も旅行ですごく楽しいけど、大前提はこれ。 「大丈夫。これからはずっと一緒だよ」 「……うん」 胸のあたりがほんの少し締め付けられる。だけど口にはふわりと笑顔が浮かぶ。 変な人間だ。 「さぁ、行こう」 颯太は僕の頭を一撫でするとその手を僕の手と絡ませる。恋人繋ぎにして、僕を連れ出そうとする。 「ま、待って。颯太これ……」 「ドアまで」 「短すぎるよ」 いたずらっぽく笑う颯太に吹き出してしまう。 だってドアまでなんてたった数メートルだ。その数メートルが大切なのかもしれないけど。 こうしてふざけながら僕らは部屋を出て、ホテルも出た。 「何食べたい?」 「んー、二人で美味しそうなとこ見つけたいな」 「よし。決まり」 荷物が減ったから体がすごく軽い。 颯太と顔を見合わせて笑いあう。 行き当たりばったりもいいと思う。そしたら穴場を見つけられたりするかもしれないし。 民家や木々の間をのんびり歩いていく。 長閑な町を抜けていくと、徐々に店も増えていく。昼食を取れるような場所も所々見受けられた。 外れの方のせいか歩行量は多い。でもそこそこ歩くのもまた一興。 飲食店を中心に店を確かめていく。その中で一つ気になる店を見つけた。 でも颯太は他のところを見つけたかもしれない。 「何か見つけたの?」 「……えっと、ね……あそこ」 僕が指差したのは小さなパスタ店。落ち着いた雰囲気で、穴場って感じに見える。店の前には黒いボードに白い字で手書きのメニューや絵がある看板。 チェーン店とかじゃなくて、こういうところに入ってみたかった。 「おお、美味しそう。行こっか?」 「うんっ……」

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