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青翠と恋心6

「颯太……?」 「ごめん。無理やりすぎたね」 「……へ? 全然大丈夫だよ?」 「でも泣いてる」 そう言って颯太の指先が僕の目元に触れる。そっと離れていったそれは、少しだけ濡れていた。 泣くと言っても滲む程度だ。 驚いたから出てしまっただけのこと。 涙を拭った手を中途半端に浮かせたまま、颯太は僕を見つめて、情けなく微笑む。 僕としては全く泣いている気はないのだけど。やっぱり颯太は僕の涙に弱いらしい。 でも考えてみれば、颯太だってまだ十八歳なのだ。こうやってちょっとしたことで悩んだりもするはず。 僕は自分が触っているサメに目を向けた。 「僕ね、颯太と出会ってから涙脆くなった。颯太と一緒にいるとね……いつもドキドキしてるから……」 僕が手を動かすたびに水面が揺れ、サメや指が歪む。 それは僕の瞳と同じなのか、颯太と同じなのか。 「だから少しびっくりするだけで……泣いちゃったりとかするんだ……きっと……」 顔は俯かせたまま、視線だけを颯太に向ける。肩を少し縮めて口角を上げる。 「……そっか」 颯太も微笑む。 続かない言葉に少しの淋しさ。 僕と比べたら颯太は全然大人びていると思う。いつも僕をリードしてくれて、かっこよくて、スマートで。 だから僕みたいに一緒にいるだけで心臓が破裂しそうなんてことは、ないのかもしれない。 一抹の淋しさは心の奥に。 好きだから苦しくて。好きだから淋しくて。 好きだから楽しくて。好きだから嬉しくて。 好きだから考えて。好きだから話して。 好きって気持ちは正にも負にもなるけれど、その気持ち自体がとても愛しいものだ。 持つだけで、祝福すべきもの。温かいもの。 この淋しさでさえ、嬉しいんだ。 今触っているサメが僕の元を去り、違うサメがやってくる。その背の感触も楽しむ。 颯太も違うサメを撫でていた。 するとその二匹のサメがお互いの方へ進みだす。僕の手は自然とその背を追って、 二匹がすれ違った瞬間、背から離れた僕らの手は、自然と触れ合っていた。 一瞬固まったその手。 だけどまず颯太が僕の甲をくすぐる。僕は颯太の掌を撫でた。 隣を見ればやっぱり愛しい人の笑顔だ。

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