357 / 961
潮風と旅の終わり2
「冬に一人って相手が見つからなかったのかな」
「淋しいカニだね」
カニのことなんかわからないけど思ったことを素直に言ってみる。
冬でも一匹が当たり前だとしたら物凄く申し訳ない。でも動物は冬に番でいるような勝手なイメージを持っている。
「それに比べて俺たちはちゃんと相手がいて幸せだね〜」
「しかもずっと一緒のね」
颯太はカニに指を伸ばす。
サメの時もそうだけど颯太はよくこういう生き物にすぐ手を伸ばせるものだと思う。
「いっ」
「あっ……」
そしたら甲羅に指が届く前にハサミで掴まれてしまった。ぐっと食い込んでいるから痛そう。
引き上げた指にきちんとカニはついてくる。
「きっと怒ったんだね」
「淋しいなんて言ったから? いったいなー」
颯太は空いた手でハサミを外すと元いた岩陰に戻してあげている。
迂闊に手を出すと危険ということも十分あり得るわけだ。特に野生の場合は。
悪いけど少し笑ってしまった。
さすればキッと睨まれる。
「亜樹だって言ってたくせに」
「僕は手を出さなかったから」
「あっ! 待て!」
ニッと歯を出して岩陰から逃げ出す。颯太も慌てて追いかけてくる。
先ほど歩いた道のりを今度は走っていった。
重たい荷物を持って何やってんだろうって感じだけど、くだらないやり取りは楽しい。
「はい、捕まえた」
「わー、捕まっちゃった」
颯太の方が足は速いから当然すぐに捕まった。腰に腕が回る。
またもや声を立てて笑う。
「うわっ!」
そしたらそのままその場に尻餅させられた。二人して砂浜にお尻をついてしまう。服に砂がついちゃうからってやらないようにしていたのに。
まあ、この際どうでもいいや。楽しいし。
颯太の脚の間に体がすっぽり収まる。
「……また来ようね」
「今度はもっと遠出してみようか」
「海外? あ、スイス?」
「あははっ。言ってたもんね。すぐじゃなくても絶対行こう。連れていってあげる」
「やった。嬉しい」
心地いい場所でそっと瞳を閉じた。
帰りの電車はまだまだあるから、もうしばしこのままで。
ともだちにシェアしよう!