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潮風と旅の終わり4
「亜樹をいじめないでよ、おっさん」
「颯太と違って亜樹ちゃんはウブだからよ」
颯太は服を掴む僕の手を優しく撫でた。
久志さんと話すのは楽しいけどこういう時は困る。もう既に涙が滲んでしまっているし。
「あ、そうだ。亜樹、あれ使おっか」
「……へ?」
颯太は背中から僕を離すと、僕のリュックを下ろした。そしてガサガサ中を漁る。
そこから取り出したのはあのマグカップ。
それを見て僕の口は笑みを描く。
「使いたい」
「じゃあ洗おう」
「うんっ」
「ぐっ、ラブラブすぎて眩しい……」
目元を押さえる久志さんの横をすり抜け流しまで行く。
颯太が青で、僕がオレンジ。ワクワクして箱から取り出すと、可愛らしいペンギンが出てきた。
いつものように颯太が洗って、僕が拭く。
それからダイニングに戻った。
久志さんは自分の席にもう座っている。僕と颯太も久志さんの向かいに並んで座った。
「久志さん見てください、これ」
あまりにも嬉しすぎてマグカップをくっつけて見せる。イラストのペンギンは久志さんに向かって仲良く手を繋ぐ。
「可愛いじゃねぇの。よかったな、亜樹ちゃん」
「はい」
この時はふざけずに返事してくれる。ちゃんと割合を弁えているから久志さんは憎めない。
机にマグカップを置くと颯太が思い出したように自分のカバンを漁りだす。
「はい。これ一応お土産。それからこっちの大福も食べていいよ。俺たちも食べるけど」
「おーサンキュ」
颯太が大福はそこら辺の棚に置いて、ジンベエザメのハンカチを渡す。可愛らしくデフォルメされたサメを見て久志さんがふっと微笑む。
「いいな、これ。店でつけるか」
「一気に可愛くなりますね」
「阿呆っぽくていいと思うよ」
「うるせぇぞ、颯太」
その場で笑い声が上がる。
旅行もいいけどこういう日常だって好きだ。こんな何気ない日々がずっと続いてほしい。
「さぁてと、食うか」
「料理は、美味しいからね」
「おいしそう……」
「いただきまーす」
「いただきます」
颯太が料理に手を伸ばす。僕もそれに倣って豪華な料理を頬張る。
どの料理もすごく美味しくて、量も多いからお腹いっぱいになった。
ココアのケーキは含みを感じたけど、それを超えるほどの美味しさだった。
人生初めてのクリスマスはとても素敵な思い出になった。
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