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憂懼か百福か2
玄関の前に辿り着くと久志さんはその足を止める。家を見上げ、目を細める。
その手は開いたあと、強張って閉じられた。
代わりに開けた方がいいだろうか。久志さんだって入ってしまえば平気なはずだ。
開けた口は颯太に腕を掴まれることで塞がった。
颯太を見上げると微笑んで久志さんの背を見つめていた。
しがらみは自分で断ち切らなきゃいけない、か。
僕も同じように久志さんの背を見る。久志さんの腕がドアノブに伸びるところだった。そして強く掴んで手前に引く。
ギッという音が鳴って扉が開いた。
「まーさか自分から帰るとは思わなかったなぁ」
やっと喋った久志さんの口調はいつも通りのものだった。三人で九条の家に踏み出す。
入った後は久志さんにもう緊張した様子はなくて、ただ懐かしそうに視線を巡らせていた。
「お久しぶりです」
すると玄関前の階段から颯太のお母さんが降りてくる。黒服の人たちは三人の荷物を受け取ってその場を去った。出迎え自体は一人でらしい。
まず颯太のお母さんは久志さんを見る。
「おー、明恵ちゃんか。変わらず美人だなぁ」
「久志さんは相変わらず口が上手いですね」
この二人は知り合いなのだろうか。確かに颯太のお父さんの説得の際にも知った風で話していた。
幼馴染とかなのかもしれない。
「いんや、事実だし。てかもう久志くんって呼んでくれねぇの」
「それは過去のことですから。もう俊憲さんで、久志さんです」
「残念だなぁ」
久志さんも颯太のお母さんも楽しそうだ。
久志さんは綺麗だったり可愛ければ誰に対してもこんな調子なのだろう。そう考えたら、僕は最初から女扱いだったのか。いや、性別は関係ないのかもしれないが。
「亜樹ちゃん? なんだその冷めた視線」
「いや……久志さんはモテなさそうだな、と」
「ひっでぇ〜。あ、やきもち? 亜樹ちゃんのこともちゃんと思ってるぜ、可愛いってよ」
こうやってだれかれ構わず褒めるから特定の人なんてできなさそうだ。
颯太のお母さんは久志さんの大仰な反応と僕の言葉に楽しそうに笑っていた。
その笑顔は可愛らしくて、若々しく見えた。
そして綺麗な笑顔を僕らに向ける。
「颯太も亜樹くんもおかえりなさい」
「ただいま」
颯太は当たり前のように返す。
だが僕にまでおかえりって言ってくれたように聞こえた。僕の家……ではないけれど。
颯太は迷う僕の腕を軽く叩く。だから颯太のお母さんを見る。
「……た、ただいま」
「おかえりなさい。亜樹くんもここを自分の家と思っていいのよ。颯太のお嫁さんはもううちの子だから」
「え、あの……」
また出た、お嫁さん。どうしてみんな僕をお嫁さん扱いするんだ。嬉しいけど、嬉しいけど、複雑だ。
「なんならママって呼んでもいいのよ」
「えっ……ま……?」
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