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憂懼か百福か3
「母さん……遊ばないであげて」
「亜樹くん可愛いからつい」
颯太が溜め息を吐いて僕の前に立つ。颯太のお母さんはいたずらっ子のように笑んだ。
びっくりした。お義母さんと呼ぶ勇気もないけれど、もちろんママなんて論外だ。小さい頃はそうだったのかもしれないが、実の母親だってママと呼んだ記憶はない。
「そういえば父さんは?」
「少し仕事が残っているらしいの。でも昼食には間に合うそうよ。先に行きましょうか」
「わかった」
玄関前の広い階段を左に逸れて廊下に通じるドアに向かう。
メイドをしていた時に通ったから、この場所もこの先にある場所もよくわかっている。
メイドはいつ思い出しても微妙な記憶だ。
ドアを抜けるとすぐに食堂の扉が右手に現れる。そこには佐藤さんが控えていた。
扉を開けてくれたので、僕以外の三人が食堂に入る。
僕は佐藤さんのところで一度立ち止まった。僕と目が合うと柔らかく微笑んでくれる。
「佐藤さんお久しぶりです。前はありがとうございました」
「いえいえ。どうでしたか、ご旅行は」
「とても幸せで楽しい時間になりました」
「それは何よりです。ではお入りくださいな」
「はい」
遅れて食堂に入ればもう既に皆席についていた。颯太に手招きされて、小走りで席まで行く。
颯太の隣だ。嬉しい。
左隣には久志さん。向かいには颯太のお母さん。
席の位置を確認したところでスーツ姿の颯太のお父さんが食堂に入ってきた。
「遅れてすまない」
そう言ってから颯太のお父さんはお母さんの隣に座る。そして一度周りを見渡した。
「兄さんも颯太も亜樹くんも、よく来てくれた。柊がいないのは残念だが仕方ない。では食事を始めようか」
颯太のお父さんがそういうと同時に傍に控えていたメイドの方々が動き出す。
まずバイトの時にはいなかった人がテーブルに置いてある重箱に手をかけた。きっと海山さんだろう。一段ごとに分けてテーブルに並べていった。
中身は宝石のようにキラキラ光るおせちだ。
そしてもう一人、佐藤さんは人数分のお雑煮をそれぞれの前に置いていった。おせちを取るようの箸も忘れない。
自分の仕事が終わるとメイドの二人は食事を出た。バイトの時と同じ。
めいめいが食前の挨拶をするとおせちやお雑煮に箸をつけた。
僕は何から食べればいいかと箸を止めたままだ。なぜならおせちは初めてなのだ。
どうせ食べきらないからと毎年作らない。そもそもお雑煮も母さんの都合によって作らない年もある。ちなみに今年はない。
「どうしたの? 取れない?」
「ち、違うよ」
迷っていると颯太が声をかけてきた。
流石に僕の腕はそこまで短くないし、箸が使えないほど子供でもない、と睨んでみる。
「おせち食べるの初めてなの。だからどれから食べていいか……」
「ああ。なら俺と同じの取ろっか?」
「うん。それがい……」
「亜樹くん」
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