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憂懼か百福か4

返事しきる前におせちの上に手が伸びる。その手、颯太のお母さんの手は僕に差し出されていた。 顔はにっこり笑っているけれど、どこか威圧感がある。 「私がおすすめの取ってあげる」 「あ、はい……」 その雰囲気に気圧されて僕は素直に取り皿を差し出した。 「ちょっと母さん、俺がやろうと……」 「あら。恋人だからって亜樹くんを独り占めはだめよ」 颯太のお母さんは颯太を見てつんと顎を上げた。颯太は驚きつつも呆れた顔をした。 どうして僕の取り合いみたいになっているのだろう。僕としては誰が取ってくれてもいいのだけど、喧嘩になるとしたらやめてほしい……。 颯太のお母さんは颯太から目をそらして、僕に向かって微笑んだ。 「まずこの紅白かまぼこね。これは有名だけど日の出を表しているから縁起がいいとされているのよ。ちなみに紅はめでたさ、白は神聖を表しているらしいわ」 そう言って颯太のお母さんは紅白かまぼこを僕の皿に乗せる。 「それから栗きんとん。黄金色に輝く財宝にたとえて、豊かな一年を願った料理だそうよ。うちのは甘さが程よくてとても美味しいわ」 紅白かまぼこの横に追加される黄金色の栗きんとん。 「そして黒豆。これは私が作ってみたの。まめって丈夫や健康を意味しているんですって。まめに働くといった意味も込められているとよく聞くわよね」 今度はつやつや光る黒豆が追加された。 そんな感じで颯太のお母さんはおすすめするおせち料理を僕の皿に乗せていく。 説明付きだから初めての僕には少しありがたかった。多少驚いたけれど。 「待て、明恵。少し貸してくれ」 「あら、俊憲さんもですか?」 しかし途中で颯太のお父さんがその皿を取った。そして僕に一瞬視線を向ける。 まさかの颯太のお父さんまで参戦だ。 「この数の子もいいぞ。食感と味のバランスがとてもいい。ちなみに多くの子が出きるからめでたいとされているようだ」 颯太のお父さんは僕の皿に数の子を乗せた。 そして同じように説明付きで僕の皿に色々乗せていく。 その皿が僕の元に帰ってくる頃には皿は満タンになっていた。 「父さんまで……。これじゃあ俺がよそう隙間がないじゃないですか」 「亜樹くんの独り占めはいかんな」 颯太のお父さんとお母さんは満足そうな顔つきでやっと自分の食事を再開した。 一方の颯太はかなり不満げだ。

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