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憂懼か百福か5

「じゃあ亜樹、これは俺からね」 「え?」 颯太はなぜか僕に向かって昆布巻きを差し出してくる。もう皿には乗り切らないのに。 するとその昆布巻きは僕の口元までやってきた。 「はい、あーん」 「な、え……? いや、ちょっと……」 「なに? 俺のは嫌なの?」 「そ、じゃなくて……」 普通両親の前で恋人にあーんなんてやらないだろう。恥ずかしいと思う心はないのか。 ちらちら視線を二人に目を向ければ、僕らのやり取りを嬉しそうに見ているし。 「なら食べてよ。お願い、亜樹」 「わ、わかったよ……」 「はい。あーん」 「あー」 お願いする颯太は可愛いから、もうやけになる。 渋々口を開けると昆布巻きが舌の上に乗った。コリコリした感触と程よい塩気。 「ん……美味しい」 感想を言うとやっと三人の視線が外れた。それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。 本当にどうしてこうなったんだ。三人ともそんな張り合うようなまねをしなくてもいいのに。 まさか久志さんまでそうだとしたら、 そう思って隣に視線を移す。 普段は久志さんが僕を翻弄する側だ。 でも今日は緩く微笑んでいるだけ。 「亜樹ちゃん、好きにさせてやれよ」 「久志さん……?」 「今まで厳しくしてばっかりでよ、やっと甘やかす楽しさを知ったんだろ」 そうして久志さんはとても優しく笑った。 そうなのか。 でも考えてみれば確かにその通りだ。やっと親になれたといった感じ。聞くところによると颯太は和解の前はお母さんと殆ど話したことがなかったらしいし。 甘やかす対象が違うけれど、逆に僕のことも颯太と変わらないくらいに思っていてくれているということだ。 それに僕の方が反応が面白いというのもあるのだろう。 久志さんの笑みを颯太のお父さんは睨む。 「知ったような口を聞く」 「事実だろう。てか俊憲、全然おれの店こねぇじゃねぇの。結局一回で」 「ああ。仕事が忙しくてなかなかな……」 「まあいつでもいいけどよ」 するすると別の話題にすり替わっていく。 久志さんと颯太のお父さんの仲も良好のようでよかった。僕と颯太の知らないところで会っていたようだ。 雑談をしながら昼食は進んでいった。

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