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憂懼か百福か7

「いや……あの、僕は男で……跡継ぎとか……」 「そのようなことを心配していたのか」 僕の不安は颯太のお父さんの笑顔であっさり拭われる。 彼は寧ろ颯太が捨てられることを恐れていたようで、離れることがないとわかった途端、安堵の表情になっていた。 「今の時代、血筋に拘る必要はないと思っている。そもそも颯太の跡継ぎを選ぶ際にわたしの出る幕はなかろう。颯太や柊がどうとでもする」 「……そう、なんですね……」 これもやはり変わったからなのだろうか。こんな柔軟な考えをあの時から持っていたとは思えない。 なら颯太との和解は、本当に大きな一歩だったのだろう。 「それで亜樹と呼ぶことを了承してくれるか?」 「……はい。もちろんです」 自然と顔が綻ぶ。 颯太がわざと僕を拒絶した時の言葉。ずっと引っかかっていたのだと思う。颯太はそう思っていなくとも、親が同じかはわからない。 だから今やっと解きほぐしてもらえて、心に温かいものが広がっていく。 「それで次だが」 「……あ、はい」 「亜樹はわたしのことをなんて呼ぼうと思ってるのか、だ」 「えっ、と……特に考えては、いないのですが……」 「ふむ……」 颯太のお父さんは颯太のお父さんだ。僕から話しかけることもないだろうし、呼び名なんて考えたことはない。 九条俊憲と絶叫したことはあるが……。 颯太のお父さんは顎に手を当てて視線を落とす。 「それならば……パパはどうだ」 「……パ、パパ……?」 「そうだ。もう1回」 「……パパ」 「うむ」 颯太のお父さんは満足げに頷いて、まぶたを落とす。 ……颯太のお父さんとお母さんは思考が被っているのだろうか。二人してパパ、ママと呼ばれたがる。 というか表情に変化がなくて冗談かどうか計りかねるからどうすればいいのかわからない。 「まあもちろん冗談だ。しかしお義父さんというのも早い気がするな……。それはもう少し先でよかろう」 「はあ……」 「よし。柊と同じ、俊憲さんでどうだ」 「俊憲さん、ですか」 「ああ。明恵も同じように呼んでやれば喜ぶだろう」 「わかりました」 「うむ」 颯太のお父さん改め俊憲さんは、また満足げに頷いた。嬉しそうだ。 俊憲さんも柊先輩と同じタイプなのかもしれない。真面目すぎる故に天然。不意に爆弾を投下してくる。 俊憲さんの場合は故意にしているときも大いにありそうだが。 「話したかったのはこれだけだ。今度は他の人も交えて色々話そう」 「はい。待っています」 「そうそう。亜樹の部屋は二階の階段の隣だ」 「わかりました」 俊憲さんに見送られて部屋を出た。 わざわざ部屋に呼んでこのやり取りをしたということは、おそらく出来心や故意の心も含まれていたのだろうな。 僕はとりあえず自分にあてがわれた部屋に向かった。

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