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憂懼か百服か8

僕の部屋は階段の隣だから颯太の部屋の向かいだ。俊憲さんは気を遣ってくれたのかもしれない。 とりあえず自分の部屋に踏み入れる。 「……広い」 部屋の広さは颯太や柊先輩の部屋と同じくらいだ。他のゲストルームより広い。 それに戸棚ではなくクローゼットで、空の本棚も置いてある。生活するための部屋みたいだ。 バイトしていた時になぜここだけと少し疑問に思っていたのだけど、もしかして颯太の相手ができたとき用……なんだろうか。柊先輩の部屋は兄弟用みたいな。 ぷるぷる首を横に振る。 調子に乗りすぎだ。まさかそんな、いくらちやほやされたからって、それはない。 黒服の人たちに渡した荷物は既に運び込まれていた。 とりあえず部屋内のソファに座ってみる。 それから荷物に手を伸ばしてスマホを取り出す。電源を入れたけど特にやることもないからすぐに机に置いた。 それからぐるりと部屋を一周してみる。その際にクローゼットを開けてみたり、テレビに触れてみたり。 僕の部屋として考えれば印象が変わるかと思ったが別にそうでもなかった。 もう一回ソファに戻る。 脚をぶらぶら揺らして、下ろす。もう一回揺らして下ろす。 今度は背もたれに体重を預けて天井を見上げる。 すぐにそれもやめて息を吐き出した。 部屋を出て向かいの部屋のドアを静かに開ける。颯太はソファに腰掛けていた。僕には背を向ける形だ。 その背中に近づいて首に腕を回す。 「わっ、なに? 亜樹?」 「亜樹だよ……」 「なにそれ、可愛い」 颯太は首を回して僕に笑いかけた。それから自分の横をポンポン叩く。 僕はすり足でその隣に行った。そしてぽすんっとお尻をソファに置く。 そして颯太の腰に抱きついた。 「父さんになに言われたの?」 「まだ……」 「え?」 「……充電中」 「ほんと可愛いな」 半分寝転んだような状態の僕。颯太は腰に抱きついて顔を埋める僕をしばらくそのままにしてくれた。 「ねむくなってきた……」 「待って、それは淋しい。起きてよ」 「んぅ〜……」 「こら」 「わわっ」 更に腰を強く掴む僕を颯太は無理やり起こす。普通の座る形にさせられ、頭は颯太の肩に。出会ったばかりの頃もやってくれたやつだ。 あの頃は恥ずかしすぎて心臓がばくばく言っていたなぁ。 「こうやって話そうよ」 「んー……話す」 「寝ないでよ?」 「寝ちゃうかも」 「あーきー」 「嘘だよ」 笑って颯太の肩に頭をすりすりする。 九条で過ごすのは楽しかったし、食事も美味しかったし、心は満ち足りている。でもやっぱり颯太と二人きりが一番なんだ。 颯太不足だからすごく甘えたい気分。

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