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イシュー4

廊下に出て松田先生の姿を探す。渡り廊下の端に置いてある机のところにいた。 机を挟んだ向かいに座る。 「渡来で最後だよな?」 「はい」 「色々聞きたいことがあったんだよ」 「……はい」 真面目そうな顔で見られて僕は頷く。 「心当たりはあるようだな。察しの通り志望校のことだ」 松田先生はそう言ってぺらりと志望校の記入用紙を机に出した。 休み明けテストの日の朝に書かされたもの。ほんの数日前の僕の字。 松田先生を盗み見ると、滅多に見ない真面目顔だから少し怖く思えた。怒ってはいないのに。 「急に変えたけど本当にここでいいのか? 一年の頃から同じとこ書いてたのに。レベルも下がるぞ」 僕が一年の頃のデータは既に知っている松田先生。真剣な表情で僕を見つめる。 「いいんです。家から近くて母の迷惑にもなりませんし」 「んーまあ、そうなってくるとなぁ……」 松田先生は困ったように首筋を掻いた。 高校に入ってからずっと変えていなかった志望校。母さんにもその頃から話して、承諾は得ていた。でもより負担にならない道があるならって。 それも事実だ。 「ここでも法学は学べますし」 「そう、だけどさぁ……」 松田先生を安心させるように笑みを浮かべてみる。それでもどこか納得がいかないようだ。 自分の点数の増加を求めるようなタイプではないから、純粋に僕の可能性を惜しんでくれているのだろう。その次に学校の成績を気にしていて。 ぽりぽり掻いていた指が止まり、腕がゆっくり紙の上に降ろされる。 それから僕にスッと目を向けた。 「渡来まさか……」 図らずもその視線に心臓が跳ねる。何をも見透かされていそうな気がした。 そのまま時間が硬直する。 「あー、まあいいや」 でも松田先生は思ったよりすぐ視線を下ろした。僕も小さく息を吐いて下を見る。 するとそこには志望校の紙。握りつぶしたくなった。 「まだ二年だし、来年変えることもできる。渡来のことだから今のままの勉強続けたら、直前で変えても十分平気だろ」 「はい……」 「教科数の問題は……あとは来年の担任とだな。とりあえずこの志望校でいいと」 僕は頷く。そこでちょうどチャイムが鳴る。廊下に大きな音が響き渡って、それぞれの教室から声が漏れ始める。 「じゃあ終わりな」 「はい。ありがとうございました」 椅子から立ち上がり、頭を下げる。机の中に丁寧に椅子を戻してから教室に向かって身を翻した。 「渡来」 「はい」 「本当にいいんだな?」 松田先生が立ち上がりかけた状態で僕を見る。 ジャージ姿で少し猫背でまばらにヒゲを生やして。乱暴な感じだけど、生徒のことはよく考えていて。 まばたきを一回して、僕は微笑んだ。 「はい。もう迷いません」 「そうか。なら、いいんだ」 「はい」 笑顔を保ったまま顔を戻す。無論すぐに消えてしまったけど。 教室に戻る僕の手は自然と固くなっていた。

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