401 / 961

ホテルにて2

「亜樹、お待たせ」 颯太が二つのキャリーを引いて僕の方へ来る。その様子はいかにも重そう。慌てて駆け寄って自分の分を受け取る。 「ありがとう、颯太」 「ううん。亜樹、なんかあった?」 「……へ?」 「悲しそうだから」 あまりにも自然に会話に挟んでくるものだから驚いてしまう。颯太にとって僕の感情の起伏を読み取ることは呼吸と同じなのだろうか。 表情の変化はあまりない人間だと思っていた。だが颯太の能力の高さはもちろん、颯太と出会ったことで僕が変化したことも理由にありそうだ。 「何にもないよ」 「んー、とりあえずエレベーター行こうか」 「うん」 廊下を抜けてエレベーターに乗り込む。小さめのエレベーターなので颯太と僕、それから二人の荷物で満タンだ。 「それで悲しい顔してたのは?」 「えっ……と。……人にぶつかって怒られちゃったんだ。それだけだよ」 颯太に誤魔化しなんて効かない。観念して白状した。 無理して黙れば心配をかけてしまうし。 「そっか。でもわざとじゃないんだから気に病む必要ないよ」 「……うん」 颯太が頬を優しく指でくすぐる。こそばゆくて、その上、心地いい。 そのときチンッと音が鳴ったのでエレベーターから出る。ドアの数字を確認しつつカーペットの上を進み、見つけた部屋のドアを開ける。 中は普通のホテルだ。颯太との旅行の時より狭い。二つのベッドにテレビ、お風呂とトイレ。実にシンプルな内装だ。 「ベッドどっち?」 「ん……どっちでもいいよ」 「じゃあ亜樹が奥ね」 「はーい」 奥側に自分のキャリーを押し込んでベッドに腰掛ける。ふかふかだから柔らかくお尻を押し返してきた。 背中を倒してみる。 「ベッド二つなんだね」 「誘ってるの?」 「ちがっ……、ちが、く……ない……かも……」 頬に血がのぼるのを感じながら両手で顔を覆う。 修学旅行先でまさかそのようなことをやるつもりはない。でも少し淋しいというか、あと三日間、颯太と触れ合うことはできないのだと思うと。 部屋なら手ぐらい繋いでもいいだろうか。手だけでも、颯太は感じられる。 「あき〜」 「……っ、颯太、んっ……」 「これくらいならいいんじゃない?」 颯太が一瞬唇を重ね、至近距離で妖艶に笑う。

ともだちにシェアしよう!