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第5話 2-2
思春期真っただ中の頃、その夏休みにフジキは久しぶりに祖父母が暮らす田舎に帰省した。しばらく足が遠のいていたので強制的に親に連れて来られたのだ。二人は孫の来訪を大いに喜んだが、難しい年頃であったフジキはこの場があまり好きではなかった。さっさと元居た都会に帰りたいと思いながら数日を過ごしていた。
フジキはこの頃から周りの空気を読むのがうまく、誰とでも打ち解けた。しかし普段一緒に過ごすことのないここの同級生たちとは仲良くできる気がしなかった。どうせ夏休みの間だけと割り切り、自分から距離を置きほぼ毎日を本を読むなどして一人で過ごしていた。
ある日、一駅先の古本屋に足を延ばした。手持ちの本を読みつくしてしまったのだ。その本屋はひっそりとしていて、客はフジキのほかにぱっと見年配の者が数人いる程度だった。自分の目当ての本を探し、棚の間を移動していく。すると、自分と同じ背丈の人影が目に入った。興味を惹かれ立ち止まり、棚に並べられた本の種類を確認する。医学書の区画だ。フジキは不思議に思い、本を熱心に見ている人物にようやく視線を落とす。見た感じ、フジキと同世代のようだ。華奢な体つきをした黒髪の男子だった。彼の黒い目は難しそうな本を上から下へといそがしく動いている。なぜかフジキは彼から目を離せずその場に佇んでいた。
「なに?」
突然、彼に黒い眼を向けられ率直に尋ねられた。金縛りにあったように一瞬フジキは言葉に詰まった。
「えっと。難しそうな本、読んでるんだ。わかるの?」
「失礼なやつだな。これでも医者を目指してるんだから。」
「へぇ。すごいな。」
それはフジキの本心から出た言葉だった。自分と同い年のような者が既に将来を考えていることに素直に驚いたのだ。フジキの言葉を聞いて、少年は困ったような顔をした。
「お前、おかしなやつだな。」
「え?」
「ふふふ。」
彼が笑うのでフジキもつられて笑いだした。
「ははは。」
何気ないやり取りだったが二人はあっという間に意気投合した。少年はカリンと名乗った。聞けばやはりフジキと同い年の14歳だった。
カリンもこの夏、帰省でここに来ているとのことだった。彼は大好きな祖母が病気で弱っているから、将来その病気を治せるように医者を目指していると話した。とてもしっかり者のカリンとフジキはその夏、毎日を一緒に過ごした。
カリンの家はこの界隈では有名な古い屋敷だった。ここで普段から生活している同級生たちは「お化け屋敷」とか「屋敷の妖怪」などと言ってカリンの姿を見てはからかった。利口なカリンはそんなやつらを一切相手にせずいつも背筋をのばして凛としていた。表情はどこかしら寂し気ではあったが。しかしフジキが遠くから声を掛け、その存在を認識すると彼の表情がぱっと花が咲いたように明るくなる。フジキは自分だけが彼に心を許されていると嬉しくなった。
少し足をのばせば、自然豊かな場所が見つかる。小川が流れる草むらは二人の憩いの場所だった。静かに流れる水の音、草花の匂い、昆虫たちの円舞、その全てがここだけは別世界の空間のようでカリンと二人でああでもない、こうでもないとお互いの読んでいる本について飽きずに談笑をしていた。全くタイプの異なる二人なのに、話が尽きないのが不思議だった。
その日もいつも通り楽しく話していると、例の同級生二人組がやって来た。
「あれ?妖怪がいる!」
ぱっとその声にフジキが振り向く。フジキのきつい眼差しを受けても彼らは続ける。
「お前大丈夫か?もしかして取りつかれた?」
フジキが立ち上がり彼らに飛び掛かろうとするとカリンに手を掴まれた。カリンはフジキの目を見て首を振る。
「行こう。」
フジキもカリンに並び彼らを無視して立ち上がる。すると彼らは二人から本を取り上げ、取れるものなら取ってみろというふうにひけらかした。
「お前らっ。」
フジキが一人に飛び掛かり、カリンの本を取り返した。慌てたもう一人はフジキの本をそのまま小川に向けて放り投げた。
「あっ!」
それはカリンに出会った時にあの本屋で買った本だった。しまったと思った瞬間、カリンが小川に飛び込んだ。同級生たちは「ざまぁみろ。」と言って走り去って行った。
「あいつらっ。カリン大丈夫か?本なんて別にいいから。」
「何いってるんだ。気に入ったって言ってたじゃないか。ほらっ。」
そう言って振り返り小川から取り上げた本を手渡された。
「よかった。よく乾かせばまだ読める。ほら。」
「ありがとう。」
フジキは本からカリンに目をうつす。カリンの肌は小川の水で透けて見えていた。彼の胸元...。ほのかに膨らみがある。服からうっすらと透けているものは...。カリンは女性だった。フジキは思わず目をそらす。
「どうした?」
「いや。早く着替えないと風引くから。」
カリンは自分の状況にまったく気づいていない。フジキはたまらず自分のシャツを脱ぎカリンの肩にかけ「先に帰る。」と言い残し駆け足でその場を去った。
『desvío』でカツラにカリンとの出会いを話した。今まで人に話したことはなかった。カツラは黙って話を聞いてくれている。
カツラの眼差し、雰囲気。カリンに似ているのだ。彼女と出会った頃と同じ髪型髪色も相まってそのため初めて会った時に微かな衝撃を受けたのだろうか。
「素敵な出会いですね。」
「そうか。なんか恥ずかしいな。」
「喉乾きませんか?小休止になにか飲みます?」
「そうだな。お酒以外ってあるのかな?」
「もちろん。待っててください。」
そう言ってカツラは酒瓶が並ぶカウンターの中に移動して行った。カツラに少し聞いてもらったからかフジキは自分の気持ちを整理できていた。あの頃の思い出はフジキにとっては宝物なのだ。やはりカリンを諦めることはできない。
「お待たせいたしました。これは双子酒の片割れです。酒を造るときに使った成分の残りをそのまま飲料用に精製したもので。元の酒とも相性が非常にいいので、割ってカクテルに使うこともあります。俺たちはこういう組み合わせのものを双子酒と言っていて、今回のこれはレモネード風です。のど越しさわやかで気分もすっきりします。」
カツラが持ってきた飲み物は綺麗な薄いレモン色をしていた。確かに香りはレモネードを思わせる。喉に含む。「え?これアルコールじゃないか?」とフジキは思ったが、カツラが得意そうに飲み物の説明をし始めるのを聞いて、そんなものもあるのかと納得してしまった。喉が渇いていたこともあり一気に飲みほす。確かに旨い飲み物だ。
「旨い。喉がすっきりするよ。」
「よかった。どうぞ。」
カツラはその双子酒の片割れとやらを瓶ごとテーブルに持って来ていた。表示を確認すると確かに飲料水となっている。フジキはカツラに勧められるままにもう一杯グラスを空け、カリンとの話を再開した。
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