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第6話 2-3

明くる日、フジキはカリンと会うのが何となく気まずく、いつも約束していた場所に行かなかった。そうして数日彼女を避け、このままではいけないと思い意を決してカリンの自宅に足をむけた。 カリンの自宅からは人の気配がせず、留守のようだった。呆然と屋敷を眺めていると例の同級生の一人が声を掛けてきた。 「妖怪なら出て行ったぞ。」 「え?」 「ばばぁが具合悪くなったみたいで。あいつ、女だったんだな。」  彼はあの日、自分はやりすぎたと思い気になり一人小川に戻ったそうだ。そこにはまだカリンが一人で佇んでいた。声を掛けカリンの姿を目の当たりにし大いにうろたえたらしい。カリンはその時自分の状況を理解し、走って去って行ったと。 「女だってわかってたらあんなにいじめなかったのに。綺麗な顔していつもお高く留まってて、気に入らなかった。俺たちのことバカにしているんじゃないかって。」 「カリンはそんなやつじゃない。仲良くなれたはずなのに。」 「そうだな。」 自分も彼と変わらない。カリンにさよならも言えなかった。彼女に惹かれていたのに。カリンもフジキが自分を避けている理由を感じ取ったのだろう。なにも言わぬまま去ってしまった。  その後フジキは成長し、それなりに女性とも交際を重ねてきた。しかし心の中にはいつもカリンを求めているような気持ちがあった。それほどまでにあのひと夏の出会いは強烈で鮮明なできごとだった。昔を懐かしむフジキにカツラが尋ねる。 「彼女とはその後再会したんですね。」 「ああ、そうなんだ。取引先の付き合いで参加した医療系のシンポジウムでね。すぐにカリンだとわかったよ。」  数年ぶりに会ったカリンは美しく、女性らしい凹凸を持つ体へと変貌していた。黒髪は長く伸び、知的で好奇心旺盛な黒い瞳はそのままだ。フジキはなにも考えずにカリンに声を掛けた。ずっと心の奥底で恋漕がれていたカリンに再び出会うことができたのだ。 「カリン。」 彼女が振り返りフジキの姿を認める。瞳が大きく開かれる。次の瞬間には満面の笑みを浮かべた。 「フジキ!」 カリンもすぐにフジキだと気づいたようだ。 異性として惹かれながらもそんな垣根を越えて数年ぶりに話をし、お互いの内面は全く変わっていないと思った。魂で惹かれ合っている。フジキはそう感じた。そしてもちろんフジキはこの再会を無駄にする気はなく、彼女を必死に口説き通した。カリンはかつて語っていたように医者になっていた。 「フジキのことは好き。私の初恋だった。でも今はとても忙しい。フジキを一番にはできない。」 「構わない。目標に真っすぐ向かっているカリンが好きだから。」  カリンはフジキを受け入れた。彼女にとってもあの夏は特別だったのだ。初めて結ばれた日をフジキは思い出す。その後、二人は今まで離れていた時間を埋め合わせるように激しく愛し合った。「俺はカリンが好きなんだ。自由にやりたいことをやっている彼女が好きだ。俺はその次でもいいんだ。」長い間カリンに会えず、子供のように拗ねていた。カリンから都合が悪くなったと連絡が来るだけ自分はまだ思われている。フジキはようやく答えを見つけたようにカツラに微笑んだ。 「聞いてくれてありがとう。」 「いえ。」  カツラが優しく微笑む。フジキの意識は混濁していた。先ほど飲んだものは飲料水のはずが気持ちが妙に高ぶり朦朧とするのだ。フジキはカリンの思い出話をしたせいか無性に彼女に会いたくなった。額に手を当て頭を軽く振る。  視線を上げると目の前には当時出会った頃のカリンが優しく微笑んでいる。あの時、できなかったことをしたい。あの時、伝えられなかったことを伝えたい。そう思いカリンの頬に手を当てる。 「好きだ、カリン。」 彼女に優しくキスをする。戸惑っているのかカリンは離れようとする。離れられないように強く唇を押し付け彼女の中を味わい尽くす。なんとも今の思いを助長する二人の深い接触を匂わす音がする。「カリン、愛してる。」深いキスに満足し、強く抱きしめる。彼女のサラ髪を優しく撫でる。とても良い香りがする。飽き足らずもう一度彼女の唇に吸い付く。 「んっ、フジキさんっ!」 「男の声だ。何故?」ようやく目をしばたたかせ対象の人物を見る。気まずそうに口元をおさえているカツラの姿があった。 「カツラ 君...?」 次の瞬間フジキは自分がやってしまった事柄に思い当たった。慌てて荷物をまとめる。 「ごめん、ほんとに。 ごめん!」 それだけ伝え逃げるように『desvío』を後にした。 「フジキさん...。マジか。」 カツラはテーブルに突っ伏しこの状況をあのタイガにどう説明しようと頭を抱えた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「あれ?誰かこの瓶開けました?」 仕込み時間に出勤したウィローが先ほどカツラが出した双子酒の片割れの瓶を手に叫んでいる。 「それ、俺が開けた。」 「え?飲んだんですか?結構きつい酒っすよね。」 「は?それは片割れの方だろ?」 「カツラさん、休んでいたから知らないんですね。片割れの方はなくなってしまって。カクテルでよく出るんです。双子の酒瓶が割れていたようで液漏れしていたからこっちにとりあえず移しておいたんですよ。」  カツラはウィローの話に絶句した。「あれは強烈な酒だったのか!フジキさん。今回のことは事故だ。気にする必要はない。」そう自らを納得させようとする。「酒には気を付けないとな...。」酒がらみで失敗したのはこれで何度目か。ツバキにトベラ...。カツラには大きな宿題が残っていた。「フジキさんが言ってしまう前にタイガには俺から話さないと。またあいつが臍を曲げかねない。」その日臨時営業の割に店は混み合っていたが、カツラはタイガへの対応に頭がいっぱいで仕事はうわの空で時間を過ごした。

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