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第12話 3-1

 翌日、カツラは朝から魚を焼いた。タイガが魚好きということもあるのだが、当のタイガは焼き魚は食べたことがなかった。テーブルに並べられた魚は丸々一匹姿焼きで旨そうな色に焼きあがっていた。しかしいざ食べるとなると、どうやってどこから手をつけていいのかわからずタイガは箸をもったまま固まってしまった。すると隣にいたカツラがさっとタイガの魚が載った皿をとり、箸で手際よくほぐし食べやすいように取り分けていく。 「ほら。」 そう言ってほぐした身を箸にとり、タイガの口元に持ってきた。 「カツラ、俺のこと甘やかしすぎじゃないか?」 「なに言ってんだ。どう食っていいかわからなかったくせに。ほら、あーんして。」 意地悪な笑顔で子供に言うように呼び掛ける。目の前のほぐしとった身からはいかにも食欲をそそる匂いがしていた。観念して口をあーんと開ける。カツラが満足そうにタイガの口に身を運んだ。 「旨いだろ?」 カツラがニヤッと笑う。たまらなく魅力的な笑顔だ。 「ん!焼き魚は初めてだけど、すごく旨い。カツラは本当に料理が上手いな。そういえば『desvío』には焼き魚ってないよな?」 「あんまり注文が出ないからメニューからなくなった。昔はあったんだけど。焼き魚と言えばウィローが客で来ていた時には毎回頼んでいた。」 「そっか。客だったって話は聞いた。」 「タイガ。最近お前店に来ていないから来いよ?因みに明日は臨時営業らしいから。」 「そうなのか。」 「さっき店長からメールが届いていた。さぁ何人、人が集まるかな。」 臨時営業は知らせない決まりなんじゃ...。そっか、俺はカツラにとって特別だからか。タイガは一人納得し、カツラに言われたように明日久しぶりに『desvío』に行ってみようと思った。  久々の『desvío』は臨時営業ということだが、意外にも混んでいた。最近臨時営業が多いからか常連たちがダメ元で店まで来ることがあるらしい。営業しているとわかるとすぐに常連たちが作った『desvío』連絡網が回るらしかった。 今まで通り、入口手前のカウンター席に腰を下ろす。カツラは今日も奥側で口うるさい常連たちの相手をしているのだろう。タイガは今夜もまたカツラの家に直行するつもりだ。店にいる間は大人しくしておこうと思いながらメニュー表を手に取る。 「いらっしゃいませ。タイガさん、お久しぶりです。」 「ウィロー。こんばんは。たまたま前を通ったら営業しているようだったから。」 タイガは偶然を装い答えた。 「いい酒が入ったらしく営業になりました。一杯目はその酒でいいですか?」 「もちろん。」  ウィローが持ってきた酒は金色に輝く酒だった。冬虫夏草(とうちゅうかそう)という漢方が入った酒らしい。仕込みに使った水、材料もこだわったもので体への気遣いもできた酒ということだ。口に含むと微かにキノコの香りがする。風味豊かなのど越しに疲れが取れるような感覚になった。 「いやぁ、旨い。焼き魚が食いたくなるな。」 「ですよね。でもすみません。うちは焼き魚はなくて。」 タイガはカツラとの話を思い出し、ウィローに当時のことを聞いてみようと思い立った。 「そういえば最初に教えてくれたけど、ウィローはこの店の客だったんだよな。当時の店の雰囲気ってどんな感じだった?」 「今と大差はありませんよ。昔から感じの良い店で。」 「ウィローの前職とかって聞いても大丈夫?」 「大丈夫ですよ。俺、公務員だったんです。」 「えっ!」 ウィローの返事は意外だった。まさか公務員とは。イメージがかけ離れている。 「簡単には聞いたけど、公務員をやめてどうしてここで働こうと思ったんだ?言いたくなければいいんだけど。」 「いえいえ。大丈夫ですよ。じゃ、昔話でもしましょうか。」 ウィローは『desvío』で働くことになった経緯(いきさつ)を話し始めた。

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