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第13話 3-2

 ウィローは幼い時から特になりたいものはなかった。「毎日が楽しければいい。」そんなふうに思っていた。 ウィローの父は酒好きで楽観主義だったからか憎めない人物で、みんなが彼を慕っていた。ウィローも父と仲が良く、成人になってからは頻繁に父と二人で酒を飲み交わした。ウィローから見て父は毎日が楽しそうだった。「父のように生きたい。」いつしかそう思うようになっていた。 「人に迷惑をかける生き方はだめだ。感謝されるべき人にならないとな。」父は酒が入るとしょっちゅうそう話をしていた。しかしそんな父は日頃の不摂生がたたったのか、ウィローが大学を卒業する年にあっけなく死んでしまった。人生の岐路に立っていたウィローは父の口癖を思い出し、誰かの役に立つ仕事がしたい、そうすれば自分も父のようにきっと楽しく生きていけるはずと思い、公務員試験を受けたのだ。結果試験はパスし、その年の春から公務員となったが、実際の仕事は思っていたものとは程遠かった。 「ウィロー。またミムラスさんから電話があったぞ。うるさい人だから対応こまめに頼むな。」 職場の上司や先輩、同僚から面倒な人の対応を押し付けられることは日常茶飯事だった。彼らはお役所仕事だから言われたことだけすればいいと割り切っており、町の人からの苦情は真面目にとりくんでいたウィローに丸投げした。ウィローのように誰かの役に立ちたいとせっせと頑張っていた先輩たちは、一人また一人と心の病になって退職していった。 ウィローも疲れていた。一人だけに手をかけすぎることはできない。あれもこれもとなんでも問い合わせをしてくる人たちもおり、断る線引きも難しい。事務作業も山積みな中、毎日帰る時間が遅くなることも多かった。そんな時、大学時代いつもつるんでいた友達と久しぶりに会って話そうということになった。 「ウィロー元気か?この辺俺店知らなくて。どっかいい店知ってる?」 大学時代よく遊んだナバナが今回の食事会の言い出しっぺなのだが、店を予約していなかったようだ。 「予約しなかったの?」とウィローが改めて確認すると「月曜日だから大丈夫だろ。」とナバナは能天気に答える。 「ほんと、昔から計画性ないんだから。お腹すいて来た。早くどこかに入ろ。」 そう話すユッカはナバナの彼女だ。二人は大学時代からつき合っていたが、ウィローが一緒にいても気まずい思いをすることはなく、集まるときはたいてい三人一緒だった。  今夜三人で落ち合った場所は初めて来る場所だ。ウィローの職場から近いとはいえ、いつも家に真っすぐ帰っていたからこの辺りの知識はなかった。ナバナがこのエリアを指定したのでてっきりどこか店を予約しているのかと思っていたのに。当てもなく歩き続け、さすがに腹も減ってきてユッカが不機嫌になりだした。「いつもこうなんだから」、「もううんざり」と小言が始まった。二人の喧嘩は毎度のことなのだが、せっかくの再会を無駄にしたくなく、ウィローはキョロキョロしながら速足でめぼしい店を探した。しばらくして一軒、なんとも興味を惹かれる店に行き当たった。 『desvío』 ウィローは立ち止まり、不平不満をお互いにぼやきながらのろのろと後をついてきた二人を振り返り声をかけた。 「ここにしよう?」 「あら、良さそうな店ね。」 「いいじゃん。」 二人の賛同を得て店のドアに手をかける。 当時の『desvío』も今とさほど変わらずカウンター席の向こうに並べられた様々な酒瓶の数は圧巻だった。月曜日だからか店内はすいており、ウィローたちはテーブル席に腰を掛けた。とりあえずなにか飲み物でもと思いメニュー表に目を落とすがすごい酒の量だ。 「えっ、この中から選ぶの?私、お酒あまりよく知らないんだけど。」 「いつも飲んでるやつでいいんじゃない?」 ナバナはいつも適当だ。 「せっかくだから店員に聞いてみる?」 ウィローがそう提案し、三人であれこれと話していると突如背後から声をかけられびくっとした。 「いらっしゃい。君たち運いいね。この店初めてだね?」 「はぁ。」 ウィローは曖昧な返事をし、声をかけてきた店員を観察した。中年の白髪交じりのダンディな男性。どこかしら威厳がある。しかし彼の穏やかな目と気さくな話し方が親近感を抱かせる。「それにしても運がいいってどういうことだ?」ウィローは不思議に思った。 「君たち飲める口だよね?ちょっと待ってて。」 そう言って店員はカウンターの方に行ってしまった。しばらくすると先ほどの店員が酒瓶を二つ手にして戻ってきた。瓶のラベルにはおどろおどろしい形相の赤鬼と青鬼がそれぞれ描かれていた。 「これは今日入った酒なんだ。赤鬼は紅麹を使って作られている酒だ。甘めで口当たりがいい。紅麹はコレステロールをおさえる働きがある。旨い酒も飲みたいし、健康でもありたい。この酒の名前の所以(ゆえん)は貪欲を象徴する赤鬼とかけているんだ。」 三人とも店員の説明にぽかんと聞きほれていた。 「こっちの青鬼はアントシアニンが含まれているバタフライピーを使用している。すっきりとした味わいでアルコール度数は赤鬼より高め。レモンやライムを入れると酒の色が青から紫に変わる。酒の色が変わることから、変身願望を表す酒だな。自分の心と違うものに対して怒り憎む象徴の青鬼とをかけて名付けられた。」 「二つとも味の保証もできる旨い酒だ。さぁ、今の自分に合っていると思う方の酒を飲んでみたら。酒の出会いも運の一つだからね。なにかのきっかけになるかもしれないよ?」

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