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第14話 3-3

瓶の中に青く揺らめく酒。ウィローは咄嗟に言っていた。 「俺、青鬼の方で。」 変身願望。最近のこの状況を変えたかった。 「じゃ、私も青鬼で。アントシアニンって確か美容にもいいのよね。」 「俺は赤かな。」 ウィローとユッカが青でナバナが赤の酒。 「わかった。キリ、グラス三つ持ってきて。」 店員はカウンターの方に顔を向けそう声をかけた。 「はーい。店長、お待たせです。」  そう言って学生っぽい店員がグラスを持ってきた。「えっ、店長って。」これまでウィロー達の接客をしていたのはこの店の店長だったとは。道理で酒の内容に詳しいはずだ。三人とも彼の酒の話にすっかり魅了されてしまった。 美しい色をした青と赤の酒がグラスに注がれる。青い方にはライムが好みで搾れるようにつけられた。 「じゃ、乾杯だ。お疲れさん。」 ナバナがグラスを掲げる。 「お疲れさま。」 「お疲れ。」 ユッカとウィローもグラスを掲げ乾杯をする。 酒は今までで飲んだ中で一番うまかった。ライムを加えてみると青から美しい紫へと色が変化した。加わった酸味がまたなんとも言えず酒とマッチしていた。 その後ウィロー達は赤鬼、青鬼を飲み比べをし、店長のオススメの料理を平らげていった。旨い酒と料理でその日の会食は大いに楽しいものとなった。店を出るころにはユッカは気分よく出来上がっていた。ユッカのことはナバナに任せウィローも自宅へと帰る。「いい店を見つけた。また来よう。」たったそれだけのことで明日からの仕事も頑張れそうな気がしてきたから不思議だった。  しかしあれからウィローの毎日は残業ばかり。ふと気づくと『desvío』に行ってから早くも三週間が過ぎていた。今日はちょうど月曜日だ。なんとか時間がつくれそうだったのでウィローは『desvío』へと向かった。しかし店は営業していなかった。楽しみにしていたので、ウィローのショックはかなりのものだった。もしかして気まぐれで営業をする店なんだろうか。ウィローはその日は肩を落として家路に着いた。  明くる日、またいつものミムラスさんからのクレームが入った。何度も同じ説明を繰り返すが納得してくれない。彼女は寂しい老女だ。時間とお金はあるが性格のせいか周りに人がいない。寂しさを紛らわせるためにここに来て同じ話を繰り返しているのだとうすうす気づいていたが、他の者たちのようにウィローは彼女を邪見に扱うことはできなかった。 退社後、今日も閉まっているかもとおそるおそる足をむけた『desvío』は営業していた。胸が高鳴り疲れが一気に吹き飛んだ。急ぎドアに手をかける。 「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」 「あ、うん。」 「あれ?この間の青鬼のお客さんですね?」 「え?」 「どうぞ。カウンターの方に。」 「よく覚えているな。」と感心し、勧められるままに入口手前のカウンターに腰をかけた。今日は店は混んでいた。カウンターに座ると酒瓶が良く見える。とてつもない量に目を奪われた。 「お客さん、酒好きなんですか?」 「うん。昔父とよく飲んで。」 「へぇ、仲いいんですね。俺なんか喧嘩ばっかりで。」  彼はキリと名乗った。今は大学四年でここには二年の時からアルバイトをしている。年齢が近いせいかキリは話しやすかった。キリとの話でこの間の月曜が臨時営業であったことを知った。いい酒が入った時だけ急遽営業になる。それで運がよかったのかと店長の言葉に今さらながらに納得する。 ウィローはその後は月曜日は避けて足蹴く『desvío』に通った。いつも決まった席で酒を飲みながらキリとの話を楽しむ。いつの間にかここで過ごす時間はウィローにとってだいじなストレス発散の時間になっていた。キリが勧める酒や料理も旨く、中でも焼き魚は父と酒を飲む時に宛てにしていたので思い出がよみがえり毎回頼んでいた。たまに店長がひょっこりウィローがいるカウンターに顔をのぞかせ、また面白い酒の話をしてくれる。店の人たちの人柄にも癒されウィローの精神状態もここを最初に訪れた時に比べたらいくらかましになっていた。  ウィローはその後、込み合った週末を避け、週二ペースで『desvío』に通っていた。職場の環境は相変わらずだったがこ今は我慢のときなのだと自分を納得させて割り切っていた。その日もウィローは『desvío』に向かった。 「いらっしゃいませ。」  今日はキリがいなかった。見たこともない、多分アルバイトの店員が声をかけてきた。ウィローはいつも通りの席に腰をかけたが、キリがいないのでは帰ろうかと思い始めていた。キリの代わりにウィローに声をかけた店員もテーブル席の接客にむかっていた。 「はぁ...。」 ため息をつき、形ばかりにメニュー表に目を落とす。いつも一杯目はキリの勧める酒を飲んでいたから戸惑ってしまう。「どうしよう。」 コト...。 目の前に酒が入ったグラスが置かれた。澄んだ透明の酒だ。「まだ頼んでいないのに。」そう思い顔を上げる。 「え?」 「あの...。」  目の前の男を見て言葉が詰まる。今まで店では見たこともない男が立っていた。艶のある黒髪、それとは対照的な抜けるような白い肌に鮮やかな翠の瞳。とても整った顔立ちをした美しい男だ。彼の周りだけ空気が違うように感じた。 「キリは今日は休みなんだ。君だろ?いつもキリとここで話しているのは。」 男は心地よい声でウィローに話しかけた。

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